写真を拡大 コザ(現・沖縄市)の中心街、胡屋周辺はちょっとした変化が表れているという

 「コザ」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべるだろうか。

 沖縄本島の中部、嘉手納基地に隣接する沖縄市は、かつてコザと呼ばれていた。日本では珍しいカタカナ表記だが、その語源については、米軍が古謝(こじゃ)という地名を読み間違えたなど諸説ある。

 コザは古くからロックの街として知られ、日本を代表する伝説のハードロックバンド「紫」などを生んだ。時を同じくして、ベトナム戦争による好景気が到来し、街は大変なにぎわいだったという。

 そんなコザは、日本復帰後の1974年に美里村と合併して沖縄市になったが、中心街である胡屋(ごや)には、今もなお数多くのライブハウスが軒を連ねており、週末の夜などには多くの米軍兵が街を闊歩し、ロックやジャズ、ブルースなどの音楽に熱狂する。また、毎年旧盆明けに市内で開催される「沖縄全島エイサーまつり」には、約30万人の観光客が押し寄せ、エイサーと呼ばれる沖縄の伝統的な踊りなどを楽しむ。

 しかしながら、普段の街の様子はもの寂しさを感じる。90年代初頭のバブル崩壊によって全国の地方都市と同様、沖縄市の景気は冷え込んだ。繁盛していた目抜き通りの店は次々とシャッターを下ろし、商店街の人通りは少なくなった。例えば、市の完全失業率も高く、2015年の国勢調査では7.17%と、沖縄県全体(6.32%)よりも大きい。

写真を拡大 人口密度の高い沖縄市。嘉手納基地を背に東海岸を望む

 一方で、沖縄市の人口は増え続けており、現在は14万人を超える。しかし、市の面積の大半は基地が占めているので、市民の住宅は郊外に広がっている。そのため郊外エリアの人口は増える半面、中心部は減少している。近隣に「イオンモール沖縄ライカム」のような大型ショッピングモールがあることも、街中に来て買い物をしたり、食事をしたりする機会をなくしているのかもしれない。

 このように独特の歴史と文化を持ちつつも、地方都市の典型的な姿を映し出している沖縄市に今、起業を志す人、あるいはベンチャー支援に関心のある人などが集まって来ている。それが地元の景気にも良い影響を与え、少しずつ街全体が活気付こうとしている。そのうねりの中心的な存在と言えるのが「スタートアップカフェコザ」だ。

写真を拡大 「スタートアップカフェコザ」