昨年の夏、左脚の靱帯(じんたい)を痛めて4カ月ほど装具を付けて生活した。ケガの痛みもさることながら、悩まされたのはバリアフリーが進んでいない街中での移動だった

▼例えばモノレール。エレベーターは便利だったが、改札や車内では曲げられない脚が他の乗客の邪魔になって、周囲に「すみません」と謝ってばかり。ノンステップバスでも乗り降りの問題はないが、通勤時など混雑する車内では居心地が悪かった

▼健常者にとって何でもなくても、障がいがあったり、ケガをしている人などにとってハードルになる物が街中にあふれている。恥ずかしながら、理屈ではなく初めて実感した

▼交通渋滞緩和などを目的に、那覇市が浮島通りと国際通りの交差点などで7月から実施していた信号機停止の実証実験が、予定より4カ月早く終わる。交差点利用が多い視覚障がい者の団体から「信号機のチャイムがないと危険」という声が上がっていた

▼土曜日の昼下がり、その場所に立って目を閉じてみた。外国語の会話や、店から流れる音楽。人が絶え間なく行き交い、車も往来する。白杖(はくじょう)と聴覚を頼りに歩く人にとって、信号機の音がないと不安を感じるのは間違いない

▼住みよいまちづくりで追求すべきは効率だけではない。さまざまな立場の人の安全と、他者をおもんぱかる気持ちが大切だ。(玉城淳)