◆新垣寿子さん(41)振付師

 沖縄の少女ら5人で結成したスーパーモンキーズが、〈青い夢でまぶしかった〉と歌う「ミスターU.S.A」でメジャーデビューしたのは1992年9月16日。メインボーカルの安室奈美恵さん(40)がその後、日本を代表する歌姫へ成長する未来をこの時だれも知らない。初期メンバーで、現在は東京を拠点に振付師などとして活躍する新垣寿子さん(41)が、安室さんと夢を追い掛けたかけがえのない時間を語った。(社会部・新垣綾子)

「奈美恵と出会えたこと、一緒に夢を追い掛けた時代があったことを心から誇りに思う」と話す新垣寿子さん=8月、北谷町内

 沖縄アクターズスクールで、同じ学年の安室さんに初めて会ったのは10歳の頃。「口元をハンカチで隠す癖と下ろした長い髪のせいで、ただでさえ小さな顔がほとんど見えない。暗い子が入ってきたなあと思った」と懐かしむ。

 目を見張ったのは、その安室さんが地元テレビ局のカラオケ歌番組で優勝した時。弾んだダンスと歌声を披露する姿は、まるで別人だった。

 中学生でスーパーモンキーズのメンバーに共に選ばれ、通常のレッスンに加えデビューの条件となった空手の習得に励んだ。スクールと道場を一緒に往復する間、ジューシーおにぎりを買って分け合い、たわいない会話をした時間も大切な思い出だ。

 「デビュー」イコール「絶対売れる」。そう信じ、15歳で芸能界へ飛び込んだものの、現実は甘くなかった。メンバー5人で共同生活をしながらヒットを目指したが2年間、CD売り上げは「鳴かず飛ばず」。才能あふれる安室さんが注目される中、新垣さんは「自分がいるから売れないと思うようになった」と、容赦ない「大人の世界」に打ちのめされた。

 グループを抜けたのは、4枚目のシングルが出た後。新メンバーを迎えた安室さんとスーパーモンキーズが次作の「TRY ME~私を信じて~」でブレークした時には「純粋にうれしかった。これでみんな堂々とできるねって」。

 自身は沖縄で指導者という居場所を見つけた。やがて再び上京し、1男1女を育てながらAKB48など数々の人気グループの振り付けも担うまでに。日々、高いパフォーマンスを目指してきたからこそ、2時間以上もピンヒールのブーツで歌って踊り続けてきた安室さんを「同じ人間とは思えない」と称賛する。

 時には帰省し、アーティストの卵に「自分の経験を惜しみなく与えたい」と向き合う。描くのは「沖縄からスターを」という夢。「それも長く第一線で活躍できて、たくさんの人の心に刻まれるスター。もちろん安室奈美恵のような」と語り、にこっと笑った。