英語ライター・喜屋武由美子さん(54)

 北米沖縄県人会では、県人会の歴史と沖縄の食や芸能などの文化をバイリンガル(2カ国語)の書籍として発行するプロジェクトが進行している。その委員会に英語ライターとして所属しているのが、沖縄市出身の喜屋武由美子さん(54)だ。

英語ライターを務める喜屋武由美子さん=北米沖縄県人会・カラオケクラブ

 宜野湾市真栄原にあったキングインターナショナルスクールに幼稚園から高校まで通い、卒業後はハワイ大学に進学した。「私の家の周囲には基地内に住むことを選択しなかった軍人の人たちが住んでいた。彼らの子どもたちと幼い頃から遊んでいたので、幼稚園も英語のキングスクールに入園することになり、その流れで高校まで過ごした」

 ハワイ大学で生物学を専攻し卒業後、2年間ハワイで働いた。その後、カリフォルニアへ。「沖縄も島、ハワイも島。どこか広い所に脱出したいという気持ちだった」と米本土に渡った理由を振り返る。

 ロサンゼルスでは貿易業のフレイトフォワーダーとして数社に勤務した後、現在は防衛産業の輸入業務に携わっている。

 沖縄県人会に入会したのは2009年。2年前の世界ウチナーンチュ大会がきっかけで、積極的に関わるようになった。「大会以来、カラオケクラブでのお手伝いなど、楽しく活動に参加している。米国で1人暮らしをしている私にとって、ここは第二の我が家のような存在」

 米国には、キングスクールの卒業生の同窓会もある。昨年は80人が一堂に集まった。同窓会や県人会を通じて、折に触れて故郷の沖縄を懐かしく思うという喜屋武さん。特に家族が恋しくなるのは感謝祭やクリスマスといった、米国で家族が集まって過ごす祝日の季節だという。

 帰省時に計画しているのはグラスボトムボートに乗ること。「沖縄を18歳で出て以来、ずっと米国生活なので帰るたびにどういうものが沖縄ではやっているかを観光客気分で見物するのが楽しみ。でも、私がいた頃と比べて、きれいだったサンゴ礁がどうなっているのか心配もしている」

 家族が待つ沖縄に引き揚げたいという気持ちも抱きつつ、今はまだ第二のホームである北米沖縄県人会で故郷を感じる日々を過ごしている。=連載・我ら“うちなーんちゅ”米ロス発<73>(福田恵子通信員)