<一大産地・大宜味村の次代担う「期待の星」の挑戦>

32歳の松本政隆さん「シークヮーサーは村の宝。農業で子どもたちの声が響く村にしたい」

 大保ダム上流に近い田港集落の大工又(デークマタ)と呼ばれる場所で、シークヮーサーを育てる松本政隆さん(32)。養豚業をメインにシークヮーサーやソバ栽培までを手がけるマルチな若手は、生産者の高齢化が進む大宜味村で、次代を担う“期待の星”だ。

写真を拡大 シークヮーサーを育てて6年目の松本政隆さん=大宜味村田港大工又

 結婚後「子育てするなら自然豊かな場所」という思いから6年前、那覇市内で経営していた飲食店をたたみ、故郷の田港に戻ってきた。父親の政尚さんから約6千坪の農園を受け継ぎ、本格農業に挑戦している。「収穫の手伝い程度の経験はありましたが、実際仕事にするとその大変さが分かりました」。肥料をやり、雑草を刈り、日当たりを考え剪定する。「放っておけば勝手に実がなるわけではないんですよね」と笑う。

 シークヮーサー農家の大敵は夏場に発生するカメムシ。実の果汁を吸い、果実を落下させる厄介者だ。カメムシの侵入を防ぐため、園の一画を目の細かいネットで囲った「平張りハウス」も導入した。枝は地面から重りで誘引し横に広げることで実が大きく育つこと、高さを抑えれば収穫もしやすくなることなど、父親からさまざまな技術を教わった。「今は木を守ることで精いっぱいですよ」

 最近、村内の20~30代の農業従事者を集めて「青年農業者の会」を発足した。野菜、花卉など育てる品目はさまざま。「若手の情報交換が目的ですが、高齢者の収穫を手伝うレスキュー隊も兼ねています」。人を巻き込むコミュニケーション力は、飲食店を経営する中で培った「強み」でもある。

 夢を聞くとこう応えた。「集落に子供の声が響く活気ある村にしたいですね。村の宝はシークヮーサーですから、若い人が挑戦しやすい環境を作るためにも観光農園を作って、シークヮーサーと村を多くの人に知ってもらいたいです」
 県産シークヮーサーの年間生産量は約2千トン(JAおきなわ取扱量)。その半分を生産する大宜味村。これからも一大産地を支える若き挑戦者の奮闘は続く。