初めての選挙戦に臨む松川正則氏と仲西春雅氏に政治を志した理由や半生を聞いた。

(左から)松川氏と仲西氏

<松川正則氏>市政継続の思い継ぎ決意

◆39年間、市役所に勤務

 政治の道に進むなど予想もなかった。松川正則氏は宜野湾市役所職員を39年間務め、佐喜真淳前市長の誕生から6年半、副市長として市政運営を支えたバリバリの“行政マン”だ。

 佐喜真氏が県知事選に立候補する中で、市長後継候補に浮上し、選考委員会から推薦を受けた。家族は猛反対だったが「副市長としての責任と、佐喜真の足を引っ張りたくなかった」と引き受けた。

 大学浪人中に市役所採用試験に合格。役所勤務の傍ら大学は夜間に通った。39年間の役所勤めのうち、17年間は議会事務局に在籍。「この時の経験が、副市長を務める上で生きていた」と振り返る。

 普天間高校時代にバスケットボールで全国大会に出たスポーツマンだ。今もスポーツ観戦が好き。選挙活動が本格化すると、副市長を辞すまでは公務・政務と目の回る日々が続き「やっぱりしんどかったね」と苦笑する。行く先々で同行する妻・秀子さん(65)の紹介を忘れない愛妻家だ。

 立候補の可否は「考える時間もなかった」というのが本音だそう。それでも「市政を停滞させられない。市民のリーダーとして頑張りたい」と意思は強い。

<仲西春雅氏>米軍部品落下で政治志す

◆PTA活動に11年間

 自他共に認める「口べたの、どこにでもいる普通の父ちゃん」の仲西春雅氏は、政治家を志すつもりはなかったという。ハンドボールに汗を流した興南高校卒業後、上京して料理人の道へ。沖縄に戻ってもイタリアン料理の腕を磨いた。事業を興し、幾度もの失敗も経験。苦難を乗り越え、会社役員としてサービス業を展開する今は「社会の厳しさを身をもって学んできた。頑張れたのは子どもがいたから」と笑う。

 子育て熱心で1男2女の進学先でPTA活動に注力し、PTA会長も宜野湾中や西原高、那覇国際高などで計11年務めた。末っ子の小町さん(19)も就職が決まり、家族の応援に支えられて立候補を決意。「今の政治にずっとモヤモヤした思いがあった。米軍ヘリの部品落下事故で児童の命が危険にさらされても何も変わらない社会を、政治から変えたい」と話す。

 教科書の「集団自決(強制集団死)」を巡る記述が社会問題となって以降、月1度の勉強会で学んできた沖縄戦体験者の証言が「平和への思いの原点」だ。

 妻作子さん(57)と挑む初の選挙戦。「ごく普通の僕だからこそできる市民目線で身近な市政」の実現を訴える。