鉄板焼店経営 名幸仁さん(34)=那覇市出身/上地気夢さん(33)=読谷村出身

 大学の同級生同士が10年越しの夢へ一歩踏み出した。日本発祥の料理で、海外にも広く知られる「鉄板焼き」。国内外の観光客でにぎわう東京・浅草で今月、店をオープンさせた。夢は1店舗だけにとどまらない。「将来は海外にも沖縄にも店を出したい」。思い描くのは世界を股に掛け、沖縄に貢献できる実業家だ。

「沖縄に貢献したい」と話す名幸仁さん(右)と上地気夢さん=東京・浅草の「鉄板焼 浅草KUDAKA」

 日本有数の観光名所、浅草寺の雷門から徒歩2分。大通りに面する雑居ビル7階という好立地に店を構える。約20坪の店内は木目調のテーブルやいすが並び、都会の喧騒(けんそう)を忘れる空間が広がる。鉄板焼きは、すし、天ぷらと並び海外で人気が高い。訪日外国人旅行者(インバウンド)を意識した経営戦略を描く。

 桜美林大学(東京)を卒業後、いったんは就職し、総合商社営業マン(名幸さん)、ソフトウエア開発のエンジニア(上地さん)として別々の道を歩む。転機は社会人2年目。名幸さんが旅行で訪れたドイツ西部のデュッセルドルフでの体験だった。

 和食やラーメンなど日本食の店がいくつも繁盛していた。品質が良ければ成功すると店主らは口々に言う。「ここで沖縄料理店をやれば、うまくいくのでは」。瞬間的にそう思った。帰国後、定期的に集まる大学時代の友人との飲み会。最も仲が良かった上地さんに体験談を明かし「一緒にやらないか」と誘った。「夢があるな。よし、やろう」。すぐに意気投合した。

 勤め先を辞め、名幸さんは食品原料の貿易会社に入り、上地さんは料理人の道に進む。運営のノウハウを得るための選択だった。

 独立する上で当然リスクは伴う。出店する業態を何にするか。検討を進めるうちに「鉄板焼き」に目を付ける。客層が広く、外国人客の需要も見込め、沖縄料理店より客単価が高い。「経営の基盤づくりとして理にかなっている」。2人の思いは一致した。

 店名の「KUDAKA」は久高島から取った。今後、国内外で店舗数を増やしていく第一歩としたい。そんな願いから、琉球開闢(かいびゃく)の祖アマミキヨが天から降り立ったとされる「神の島」の名を選んだ。

 店のロゴマークはミンサー織の模様をあしらう。当面の目標は年間売り上げ6千万円。3年以内に2店舗目の沖縄料理店開店を目指す。「大変だけど充実感がある。沖縄の食材を使い、古里に貢献したい」「沖縄は可能性がまだまだある。いろいろな人の協力を得ながら国内外でやっていきたい」。穏やかな語り口に秘めた情熱がほとばしった。

(東京報道部・西江昭吾)=連載・アクロス沖縄<97>

 なこう・ひとし=1983年那覇市出身、うえち・きむ=85年読谷村出身。ともに大学卒業後、会社員を経て、株式会社アジマーを設立。「鉄板焼 浅草KUDAKA」は最高級A5ランクの黒毛和牛や読谷村の紅豚を使い「五感で楽しむ鉄板料理」とPRしている。住所は東京都台東区雷門1の16の9 MG雷門ビル7階。電話は03(6231)6744。