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1968年・沖縄復帰前の主席公選 政府事務所の分析は「基地撤去より復帰」

2018年11月10日 09:15

 米施政権下での自治権拡大闘争で実現した1968(昭和43)年の琉球政府行政主席公選から10日で50年を迎えた。革新系で「沖縄の即時無条件全面返還」を訴えた屋良朝苗氏が、保守系で日米両政府の支援を受けた西銘順治氏に3万票以上の差をつけて当選した結果について、当時の日本政府沖縄事務所が外務省に「祖国復帰の熱願は、究極的には基地の態様よりも施政権返還を優先させる」と分析した文書を送っていたことが分かった。早期復帰を願う民意を利用し、米軍の沖縄駐留維持を図る内容となっている。(政経部・福元大輔)

主席公選に関する文書の骨子

主席公選で当選した屋良朝苗氏=1968年11月11日、那覇市・教育会館

主席公選に関する文書の骨子 主席公選で当選した屋良朝苗氏=1968年11月11日、那覇市・教育会館

 「極秘」扱いされていた文書は民主党政権下の2010年に公開され、独協大学の平良好利特任助手が入手し、研究している。

 屋良主席誕生の背景を「基地撤去や安保解消の主張ではなく、23年間にわたる異民族支配に対する県民の拒絶反応、祖国復帰の熱願であった」と指摘。基地のない沖縄を望んだ「民意」を矮小(わいしょう)化し、基地付き返還を進める内容で、基地の自由使用を認めるなどのその後の米国との交渉にも影響を与えたとみられる。

 「11月選挙後の沖縄政策」と題した極秘指定の文書で、岸昌(さかえ)所長(後の大阪府知事)ら同事務所の7人が、3日間の検討会を重ね、「11月選挙後に日本政府が実施すべき沖縄政策について現地機関の意見を取りまとめた」という。岸所長が68年12月上旬、今年公開の映画「返還交渉人」のモデルにもなった外務省の千葉一夫北米課長に手渡した。

 文書では、屋良氏を推した共産、社会(当時)などの本土政党が「基地撤去、安保解消」を求めることが施政権返還の遅れの要因になると指摘。「基地付き返還」の選択を迫られた場合、支援団体をまとめることが屋良主席の直面する課題と、見通しを示している。

 その上で、沖縄返還を重要政策に掲げる日本政府として「屋良主席の誕生を最大限に利用すべきだ」と強調。基地の安全性と機能を保障することで米国を安心させることが施政権返還の早道であると展開し、「屋良新政権の態度を人民党や社会党の主張から遮断し、基地の安全性と機能を保障する方向に誘導しなければならない」と屋良氏との向き合い方を提案している。

 【ことば】行政主席の公選 米国民政府(USCAR)が設置された1950年以降、住民の自治組織としての琉球政府のトップとなる行政主席を米側が任命してきた。自治権拡大の中で、主席公選制の要求が高まり、68年11月10日に初めて実施。屋良朝苗氏が西銘順治前那覇市長を3万票以上の差で破り、当選した。投票率は89・11%だった。

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