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B52の嘉手納飛来、日本政府が容認 基地の自由使用を米に保証

2018年11月19日 05:30

 1968年のB52戦略爆撃機墜落事故を受け、B52部隊の嘉手納基地からの撤退を求める声が強まる中、69年8月の沖縄返還交渉で米側が撤退後も嘉手納へ飛来できるよう求め、日本側が容認していたことが、極秘指定の外交文書で明らかになった。B52部隊は70年10月に撤退したが、核爆弾を搭載できるB52の飛来を「いかなる理由であれ、拒否する」という地元の意向に反する形で密約が交わされていた。19日、墜落事故から50年を迎える。(政経部・福元大輔、中部報道部・篠原知恵)

B52の嘉手納基地への再飛来を確認した1969年8月15日付の沖縄返還交渉に関する文書

燃料切れを理由に2010年2月6日に20年ぶりに飛来したB52戦略爆撃機=嘉手納基地(読者提供)

B52の嘉手納基地への再飛来を確認した1969年8月15日付の沖縄返還交渉に関する文書
燃料切れを理由に2010年2月6日に20年ぶりに飛来したB52戦略爆撃機=嘉手納基地(読者提供)

 文書は事故から9カ月後の69年8月15日付で、外務省の東郷文彦アメリカ局長とスナイダー駐日米公使との会談記録。民主党政権下の2010年に、外務省が核再持ち込みなどを巡る「いわゆる『密約』問題に関する調査報告書」の関連文書として公開している。

 沖縄からのB52部隊撤退に関し、スナイダー公使が「B52が颱風(たいふう)避難で立寄ることなどは出来ると云うことでなければ困る」と主張。東郷局長が「核搭載と云うことでなければ解決し得べし」と、飛来を認める内容が記録されている。

 スナイダー氏は、ほかに「ワシントンは自由出撃の保証に強くこだわっている」「沖縄返還がベトナム戦争の遂行に支障を与えるものではないという内容を考えたい」「仮に返還時の核撤去が決まっても返還後、有事の際の持ち込みに何らかの了解が絶対に必要になる」と発言している。

 B52の飛来容認も、沖縄返還後の基地の自由使用を米側に保証する位置付けになったとみられる。

 B52は68年2月以降、嘉手納基地に常駐。同年11月19日に離陸に失敗した1機が嘉手納基地内で爆発を繰り返し、炎上する事故が発生し、撤去運動が激しさを増した。

 B52部隊は沖縄返還前の70年10月6日に撤退した。嘉手納町によると、72年の返還後も嘉手納に延べ440機が飛来している。このうち、ベトナム戦争が終結する75年までの約3年間で175機が飛来した。

 最近では2010年2月6日、燃料不足を理由に1機が嘉手納に緊急着陸し、2日後に離陸した。「嘉手納飛行場に関する三市町連絡協議会」は同機が飛来しないよう求めている。


 

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