1990~92年に発生した暴力団の内部抗争中に射殺され、殉職した比嘉正雄警部=享年43=と拝根正吉警部補=享年42=の慰霊碑が沖縄署の敷地内に建立され、事件から28年となる23日に除幕式が開かれた。実行犯の男は無期懲役が確定したが、共犯とされる容疑者は、現在も全国指名手配されている。関係者は慰霊碑を事件の風化を防ぐ礎とし、全面解決に向けた士気を高める。

慰霊碑に手を合わせ、焼香する参加者=沖縄署

慰霊碑に手を合わせ、焼香する参加者=沖縄署

慰霊碑に手を合わせ、焼香する参加者=沖縄署 慰霊碑に手を合わせ、焼香する参加者=沖縄署

2人の慰霊碑を建立

 事件は90年11月、沖縄市で発生。一般市民の女性1人も巻き込まれ、重傷を負った。内部抗争で起きた一連の事件がきっかけとなり、92年に暴力団対策法(暴対法)が施行。暴力団追放県民会議も結成されるなど排除運動が高まりをみせた。

 慰霊碑は県警友会の会員約1300人や暴力団追放県民会議の加入企業などから寄付を集めて実現した。除幕式では2警官の遺族や県警職員、OBら約320人が手を合わせ、犠牲者の冥福を祈った。

 遺族は「ここまでやってもらって、本当にありがとうございます。心からお礼申し上げます」と涙ぐんでいたという。

 期成会の日高清晴会長は「犠牲を深く心に刻み、供養として語り継ぎ、決して忘れない」と強調。「県警にはこれを糧として、暴力団との対決意識を醸成してほしい」と式辞した。

 県警の筒井洋樹本部長は「崇高な精神と使命感に燃えた姿を忘れることはない。無念を心に刻み、県警一丸で暴力団壊滅に向けてまい進する」と述べた。

ヤクザは絶対許さん

 「捜査員が撃たれている」。1990年11月23日深夜、沖縄市内。無線から、耳を疑うような至急報が流れた。殉職した2人と同じ遊撃班として、現場近くで抗争警戒に当たっていた当時の捜査関係者は「一瞬で頭に血が上り、全員が『ヤクザは絶対許さん』と決意した」と振り返る。

 県警は事件の翌月、実行犯の男を逮捕したが、共犯とされる容疑者は県外に逃亡。捜査員を送り込み、容疑者が2000年、京都府内の病院で末期がんとの診断を受けたことなどを確認した。既に死亡している可能性は濃厚で、被疑者死亡での立件を視野に入れる。

くすぶる抗争の火種

 事件の全面解決が不透明な中、暴力団抗争の火種はくすぶったままだ。捜査幹部は今後も、旭琉會内部の対立だけでなく、県外組織同士や、旭琉會対県外組織の抗争が県内で起きる可能性を示唆する。

 昨年5月、那覇市内で、旭琉會構成員の男らと県外の暴力団構成員らがトラブルになり、集団暴行事件に発展した。

 2002年には、那覇市内で県外暴力団同士の射殺事件も起きた。捜査幹部は「抗争のリスクが常にあるのは、これまでの経緯を見ても明らかだ。強い姿勢を堅持して、壊滅に向けた取り締まりを強化していく」と話した。

 【1990~92年の暴力団内部抗争】 当時の三代目旭琉会と沖縄旭琉会による抗争。高校生射殺事件や2警察官殺害事件、手製爆弾航空機持ち込み事件などが発生し、7人が死亡、13人が負傷した。抗争中、九州を中心に他県から約600人の応援警察官も派遣された。県警は構成員220人を検挙し、凶器となった拳銃42丁などを押収。92年に両組織が「抗争終結宣言」を出し、対立は沈静化した。