「僕は戦争を体験しているので、軍事基地の建設はどんな理由があっても拒否するしかなかった。これは生き方の問題だった」 1996年4月、米軍普天間飛行場の全面返還合意を実現させた喜びもつかの間、県内移設の条件に苦悩した。