沖縄県宜野湾市新城の普天間第二小学校(桃原修校長)の運動場に、米軍普天間飛行場所属のCH53E大型輸送ヘリが重さ7・7キロの窓を落下させる事故から13日で1年となった。事故後、米軍機接近の際に沖縄防衛局の監視員の指示で児童が避難した回数は合計678回。避難時は授業や遊びが中断された。9月12日からは教諭・児童の判断、監視員の配置を解除した10月以降は児童個人の判断で「避難行動」をとったのは計15回で、米軍機の警戒を続けている。

普天間第二小学校の上空周辺を飛行する米軍ヘリ=11日、宜野湾市新城の同小

 同小PTAの要望として同小、沖縄防衛局、市教育委員会との協議で設置が決まった避難施設が、8月末までに2カ所完成。その他、米軍機の飛行実態をチェックする監視カメラ、学校位置表示灯、内線電話、監視員の配置など、対策としての設置費用は総額5600万円になったことが分かった。年度内にプールそばの避難施設なども完成予定。隣接する幼稚園の避難施設設置も協議を進める。

 事故後、日米両政府は市内の学校上空の飛行を「最大限可能な限り避ける」と合意したが、2月23日には外来機が同小の上空を飛行。米軍は認めてないが、防衛局の見解では1月18日にも米軍ヘリが上空を飛行している。その後、上空飛行はないとするが、上空周辺を飛び交う危険な現状は今も変わらない。桃原校長は、基地近辺で生活する以上、学校外でも危険は同じだといい「個人で危険を回避する力を育てていきたい」と話した。

 松川正則市長は、11月から外来機が頻繁に飛来していることに触れ「墜落事故、危険性は日々感じている。負担軽減を実感するには程遠い厳しい環境だ」と語った。

 同小は13日、事故を考える集会を開き、桃原校長がなぜ学校が基地に隣接しているかの設立経緯を説明するほか、児童が事故について書いた作文を発表する。