沖縄タイムス+プラス ニュース

本土に置きたくないが沖縄に…? 「核」での本土防衛を期待 1957年に外務省

2018年12月20日 08:22

 1957年6月の岸信介首相の訪米を前に、外務省が冷戦時代の対ソ連を念頭に、日本への武力侵攻があった場合、米軍の核兵器を運用する部隊の派遣があれば上陸作戦を防止できる、との期待を示していたことが、19日公開の外交文書で明らかになった。専門家は沖縄への移転計画のあった米海兵隊の部隊を想定していた、とみている。

復帰前の沖縄に配備された核搭載可能なミサイル、ナイキ・ハーキュリーズ。嘉手納や辺野古の弾薬庫には核弾頭が貯蔵されていた=1962年5月18日

対ソ連を念頭

 同文書では、核兵器の日本への持ち込みを禁じ、日本本土を核兵器による対ソ連攻撃基地として使用することに難色を見せる一方、米施政権下の沖縄に核部隊を置くことで、核による抑止効果を得たい思惑が垣間見える。

 翌年以降の日米安保条約改定交渉につながる首相訪米を前に、外務省は、ソ連の核攻撃を避けるために日本本土から核攻撃することはないという意思を平時から明らかにしたい日本と、ソ連周辺での核基地を必要とする米国の主張が正面衝突し、同条約改定の「山となる」と分析している。

本土から移転

 その上で「万一外敵の武力侵略があった場合、米国が最近編成を急ぎつつある『ペントミック・フォース』(原子兵器を持つ機動的空挺(くうてい)部隊)の派遣を得れば外敵の上陸作戦は防止出来る」と記載している。

 日米安保条約の改定を研究する山本章子琉球大学講師によると、ここでの「ペントミック・フォース」とは、本土から沖縄への移転が始まっていた海兵隊を指している、という。山本氏は「沖縄に配備された海兵隊と核兵器が、日本政府から本土防衛の役割を期待されていた事実が判明したのは今回が初めて」と注目している。

【海兵隊の沖縄移転】

 1945年の沖縄戦後、陸軍と空軍が中心だった沖縄に海兵隊が移駐したのは50年代。朝鮮戦争の後方支援で53年に岐阜や山梨、静岡に配備された第3海兵師団のうち、第9連隊が55年、司令部が56年、第3連隊が57年と、次々と沖縄に移った。53年の朝鮮戦争休戦以降、米政府は軍事費削減のため、海外の陸軍や海兵隊の撤退を始めたが、軍側が日本への海兵隊1個師団配備を要求。反米感情の高まっていた本土から、米施政権下だった沖縄への移転が決まったといわれる。

「沖縄の基地問題」もっと詳しく。有料会員ならこんな記事も読めます。

 「翁長が恋しいです」流れ呼んだ妻の訴え 沖縄県知事選

 住宅の上を飛ばないで…「これってそんなに難しいお願い?」

 基地維持に「沖縄差別」を利用する米国 日本人の沈黙が支える過重負担

購読者プラン/デジタル購読者プランの会員なら、電子新聞も有料記事も読み放題! 


これってホント!? 誤解だらけの沖縄基地
沖縄タイムス社編集局編
高文研
売り上げランキング: 24,236
前の記事へ 次の記事へ
沖縄関連、今話題です(外部サイト)
JavaScriptをOnにしてください