年齢58歳、40年越しの因縁の対決が実現した。23日、沖縄市体育館であったバスケットボールの琉球ゴールデンキングスの試合終了後、1978年の県高校総体決勝で戦った辺土名と豊見城の卒業生が集結。40年ぶりに再戦し、白熱したプレーで会場を沸かせた。

懸命にボールを追い、熱戦を繰り広げる往年の選手たち=23日、沖縄市体育館(下地広也撮影) 熱戦を終えて記念撮影する辺土名、豊見城のOBら

熱戦を終えて記念撮影する辺土名、豊見城のOBら

懸命にボールを追い、熱戦を繰り広げる往年の選手たち=23日、沖縄市体育館(下地広也撮影)



熱戦を終えて記念撮影する辺土名、豊見城のOBら 熱戦を終えて記念撮影する辺土名、豊見城のOBら

 当時は辺土名が124-86で勝利。全国総体で県勢初の3位入賞を果たし「辺土名旋風」と呼ばれた。

 リベンジを狙う豊見城は、試合に向けて週1回の練習を重ねる熱の入れよう。けがを恐れず、速攻やドライブ、リバウンド争いをするさまは、現役選手そのものだ。足がもつれながらも21-17で雪辱し、当時主将の上原一則さんは「チーム力の勝利」と喜んだ。

 今年は、8月に辺土名の監督だった安里幸男さんが指導するコザが全国総体に出場。豊見城もウインターカップに初出場を決めた。

 企画した豊見城の玉城正則さんが「気合を入れて決起集会も2回やったからね」と話せば、當間盛夫さんも「後輩たちのためにも負けられなかった」と誇らしげだ。

 辺土名の金城健さんは「イメージはあるけど、体が反応しなかった。豊見城に借りを返されたね」と賛辞を贈り、コートを後にした。(運動部・我喜屋あかね)