昭和が終わり平成が始まった1989年夏に出版された「おきなわキーワードコラムブック」(まぶい組編)は、変わりゆく時代を象徴するかのような本だった。

 当時の若者たちが沖縄の風俗や習慣、しまくとぅばなどの語句をコラム風に編集し、爆発的ヒットを記録。失われつつある沖縄的なものへのノスタルジーと、変わっているから面白いという視点は、90年代の「沖縄ブーム」へとつながる。 

 沖縄にとって平成とは、どのような時代だったのか。

 戦後50年の節目となった95年に本紙が実施した県民意識調査から、その一端を垣間見ることができる。

 「戦後印象に残る人は」との問いで、屋良朝苗さん、瀬長亀次郎さんら政治家が居並ぶ中、異彩を放ったのが5位にランクインしたボクシングの具志堅用高さんだった。

 13連続世界王座防衛の日本記録を持ち、2015年には国際ボクシング殿堂入りを果たした具志堅さんは、誰もが認める郷土の英雄だ。と同時に同化政策などで自己卑下意識を植え付けられた県民の本土に対するコンプレックスを取り除く突破口を開いた人物でもある。

 リングの上では闘争心むき出しの強さを見せ、試合後のインタビューでは沖縄訛(なま)りを気にすることなくウチナーンチュらしさを保ち続けた。

 「あの時代、本土と沖縄には、はっきりした線が引かれていたよ。だから僕はこの線を消そうと頑張った」

 昭和から平成への流れの中で、確かにその線は薄らいでいる。

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 「沖縄コンプレックス」からの解放のヒーローが具志堅さんなら、ヒロインは今年9月に引退した歌手の安室奈美恵さんではないか。

 復帰後世代の安室さんは、一世代前の県出身歌手と違って「沖縄」を背負ってはいない。ただその歌やダンスに、アメリカ文化をもしたたかに吸収してきたもう一つの沖縄を見ることができる。沖縄という個性を強みに「平成の歌姫」として不動の地位を築いたのだ。

 引退直前、那覇市内の写真展会場に置かれたメッセージボードで目立ったのは「誇り」の文字だった。沖縄の若い世代は、安室さんの活躍に自信や勇気をもらったと話す。

 沖縄ブームを経ての平成は、本土側の沖縄に対する視線の変化を感じた時代でもあった。

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 9月の知事選で玉城デニー知事が誕生したのは「新しい政治の始まり」を予感させるものだった。

 米軍統治下の沖縄で米兵と県出身女性との間に生まれた玉城氏は、アイデンティティーにこだわりを持っていたという。ウチナーンチュらしさについて「伝統を守りつつ、新たなものを取り入れて、柔軟に、たくましく変化していくこと」と語る。

 国籍や人種といった枠を超え、多様性を受け入れる柔軟性が、沖縄が培ってきたソフトパワーである。世界が混迷を深めている今だからこそ、あらためて「多様性」や「寛容」について考えたい。