周辺の路肩は警察車両、各地からツアー客を運んだ観光バス、右翼団体の街宣車がずらり。皇居前広場は人であふれかえっていた

▼東京で過ごした年越し。「平成最後」の枕ことばに誘われるように、2日の一般参賀に足を運んだ。広場到着は午前11時半。覚悟はしていたが、それにしても長蛇の列が進まない

▼まず手荷物検査で大渋滞。そこを通過しても皇居はまだ先。立ちっぱなし。密集で身動きも取れない。時間つぶしのスマートフォンの電波が弱く、画面が頻繁に止まるのがつらい

▼3時間後、二重橋を渡り、宮殿前へ。天皇陛下らが「お出まし」になった約6分。小旗を振る人々から感謝の声が次々と上がった。いかに国民に親しまれているか実感する

▼沖縄にとって天皇という存在は、沖縄戦そしてその戦後史と切り離せない。天皇を頂点とする国家体制が戦禍を強い、天皇メッセージによって米軍占領が続いた。陛下の父、昭和天皇は戦後、沖縄の地を踏むことはなかった

▼昨年末の記者会見で、陛下は象徴天皇としての歩みを「旅」と表現し、沖縄に触れた時、涙をこらえるように声を上ずらせた。皇太子時代から重ねた来県は11回。慰霊の旅に込めた思いは伝わってくる。平成が沖縄にとってどんな時代だったのか。旅路が終わるまでの4カ月、ゆっくりと考えたい。(西江昭吾)