沖縄県国頭村辺土名の多和田富子さん(96)のカジマヤー祝いが12月23日、オクマプライベートビーチ&リゾートで開かれた。実行委員会(仲本光雄委員長)の主催で、家族や友人ら約80人が参加。「奇跡のカジマヤー」と銘打ち、90歳を過ぎてから心臓病の手術を乗り越えた富子さんの長寿を祝った。

多和田富子さん(前列左から3人目)のカジマヤーを祝う友人や関係者=国頭村のオクマプライベートビーチ・リゾート

国頭村の多和田富子さん 女手一つで子育て

 富子さんは教師だった真康さんと1942年に結婚。翌年に長男が誕生した。だが、満州開拓指導員募集の公文を見た真康さんは44年3月、現地へ出発。召集され、戦場で帰らぬ人となった。7カ月の赤子と残された富子さんは「楽しい生活が壊され、戦争さえなければと思うと悔しかった。長男は父親の顔も知らないまま成長した」と振り返る。

 村農協に30年間勤め、女手一つで子どもを育てた。長男真友さん(76)は拓殖大学を卒業して66年に渡米。現地の人と不動産会社を設立し、現在はリチウム電池や電気自動車などの開発会社を立ち上げ副社長に就任している。 

 退職後は自宅裏の畑で野菜などを栽培し余生を楽しんでいた富子さんだが、2014年に玄関で転び腕を骨折。自宅生活が不自由となり村浜のケアハウス「ハイール」で暮らす。15年には心臓病が判明。「高齢のため95%厳しい」と言われた手術に成功して、カジマヤーを迎えた。

 祝いには西原篤一沖縄ブラジル協会会長、画家の青山恵昭さん、芭蕉布の人間国宝の平良敏子さんも駆け付けた。

 富子さんは「多くの人々の支援に感謝し、家族同様の付き合いだった(実行委員長の)仲本さん家族にありがとう」と述べた。米国在住の真友さんは「遠く離れての親子生活で、地元の人々や親戚のおかげで母のカジマヤー祝いができて感激と感謝でいっぱいです」と話した。(山城正二通信員)