「嘘(うそ)つきは泥棒のはじまり」。嘘で物事をごまかし続けると次第に善悪が分からなくなり、いつしか悪事に手を染める、という戒めだ。嘘はいけないと、昔から教わってきた
▼だが状況によりその中身は違う。他人を傷つけまいとの優しい嘘や、子どもに夢を与える楽しいホラ話の一方で、心をズタズタにする悪意の込もったものもある
▼先日明らかになった「全聾(ろう)の音楽家」と称された佐村河内守氏の嘘は、多くの人を失望させた。交響曲第1番「HIROSHIMA」はクラシック界空前の大ヒットとなったが、それも含めて18年間、ゴーストライターに作曲させていた
▼佐村河内氏が暗い部屋で目を閉じ、頭の中で複雑な交響曲を組み立てる姿や、音符で黒く埋まった楽譜などがメディアで取り上げられ、嘘は一人歩きを始めた。被爆2世、との背景も関心を呼んだだけに、罪は大きい
▼実際に作曲していた桐朋学園大の非常勤講師、新垣隆さんは会見で「これ以上、大好きな音楽で世間を欺きたくない」と語った。曲作りに打ち込み、納得できる作品ができるたび、嘘を重ねるつらさに苦しんだだろう
▼佐村河内氏からの説明はまだないが、膨れあがった嘘は限界となり、はじけた。真偽を見抜けなかった報道側の姿勢も反省しつつ、怖さを胸に刻んだ。(儀間多美子)