[新うちなーんちゅの肖像]米国出身 沖縄国際大教授 素民喜琢磨さん(55)

 米国出身の素民喜(すみんき)琢磨さん(55)=沖縄国際大学教授=は、2010年に日本国籍を取得して日本人になった。「本当はうちなーんちゅになりたかったけど(制度上)その選択肢はなかったからね」と笑う。

米軍ヘリ墜落現場で当時を振り返る素民喜琢磨さん

沖縄文学の魅力を語る素民喜琢磨さん=沖縄国際大学

米軍ヘリ墜落現場で当時を振り返る素民喜琢磨さん 沖縄文学の魅力を語る素民喜琢磨さん=沖縄国際大学

 米国で生まれ育ったものの、政治、宗教、人間関係に対する考え方など、さまざまな違和感を覚えながら成長した。日本の小説を読み、自分の気性に合いそうだと日本移住を決めた。

 しかし英語教諭として暮らした鹿児島と宮崎では、外国人をまるで珍しい生き物を見るかのような視線にさらされ、自分らしく生きることができなかった。

 さらに、大学の外国人講師に対する待遇は差別的だった。給与は日本人より低く、会議に参加できなかったり、ある大学では、6年以上勤めることができない決まりになっていた。

 「どんなにがんばっても必ずクビになる。やる気を失っていた」。そんな時に沖縄国際大学に就職が決まった。外国人も差別されずに仕事ができる。

 赴任4カ月後に発生した米軍ヘリ墜落事故では、大学が発表した抗議文の英訳を担った。記憶をとどめるモニュメントには自分が訳した英文が刻まれた。

 沖縄にようやく居場所を見つけたと思い、日本国籍取得を決めた。

 沖縄に来る前は「沖縄の人はいいかげん」などと、通り一遍の偏見を持っていたという。それも、授業にも楽しさを求める学生に応えるうちに、いい側面もあると思うようになった。

 教えているのは沖縄文学。もともとマイノリティーの書き手による「越境文学」に魅力を感じ読んでいたが、崎山多美や目取真俊らの沖縄文学にも共通点を発見し、引き込まれた。

 学生たちはほとんどが英米文化に憧れていて、沖縄に米軍基地がある背景や、その影響を知ろうという態度は希薄だ。しかし、だからこそ、自分のルーツや現在における立ち位置を、沖縄文学を通して知ってもらいたいと願う。

 「この大学と沖縄に貢献したい」。自分の存在を認めてくれた沖縄に、これからも生き続ける。(学芸部・城間有)

[うちなーんちゅと感じるとき]政治に参加 手応え

 選挙結果に自分の意思が反映された時にも、沖縄が自分の居場所だと感じる。

 米国では、戦争反対を掲げる私が支持する候補者はことごとく落選した。日本国籍を取得してから毎回参加している沖縄の選挙では、自分が政治に参加しているという、母国では感じられなかった手応えがある。

 権力に抵抗するという沖縄の政治意識はとても健全だと思う。投票行動に加え、辺野古の新基地建設現場へも足を運び、直接反対の意思を示している。