昨年末、世界の科学者に衝撃が走った。中国の科学者が人の受精卵をゲノム編集技術を使って改変し、子を誕生させたとのニュースが流れたからだ。医学的必要性や技術の安全性、倫理面から、懸念の声が相次いだ。科学技術の進歩はどこに向かっているのか。私たちの生活を豊かにするはずの科学技術に、違和感を覚える人は多いのではないか。

研究室で細胞を観察する佐二木健一博士(OIST提供)

 沖縄科学技術大学院大学(OIST)の佐二木健一博士は「伝統工芸に学ぼう」と訴える。彼の工芸教育の取り組みについては、11日に行われる講演会で語られるので割愛するが、活動に至る経緯を紹介したい。

 OISTで細胞分裂について研究する佐二木博士は、ある不安を抱えていた。結果がすべて、常に競争を強いられる科学の世界では、人より先んじて研究成果を発表しなければならない。自分の研究が将来どこでどのように使われるのかも分からない。人類の役に立ちたいと取り組む研究も、応用次第では悪用される可能性もある。科学者としてどう生きるべきか。答えの出ない問題だった。

 そんな中、読谷村のやちむんの里で運命的な出合いをする。優しい形で温かな色合いの器「マカイ」に魅了された。これがきっかけで、作者の松田米司さん(読谷山焼北窯)の工房に足しげく通うようになる。そこで目にしたのは、やちむんを作る人々が、時間や自然に身を任せ、仲間や地域の人々と助け合いながら、連綿と受け継がれてきた技術を淡々と再現し、次世代に引き継いでいるという営みだった。「北窯に行くと安心する」。そこは、佐二木博士にとって人間性を取り戻せる場所だった。

 北窯でのやちむん製造工程について、OISTで文化財の保存・修復を専門とするアニャ・ダニ研究員とともに調べた。すると、職人が経験から行っている作業は全て、科学的に理にかなっていることが分かった。当然だ。自然に合わせて積み上げられてきた知恵や技術なのだから。

 佐二木博士はこれまでの研究に思いを巡らせる。細胞が分裂する仕組みや、ガンになる理由。生物の遺伝子は、時間をかけて進化してきた。必要なものが、必要だから残る。「人がどうやって生きてきたのかを習い、それを次に伝えていくための研究をしていれば、間違いはない」。佐二木博士は工芸を通じて、科学者として進むべき方向性をつかんだ。

 博士は、研究職に就くまでの道のりも興味深い。11日午後6時半から、ジュンク堂書店那覇店で、自身の経歴や研究、科学技術の未来のために工芸が果たす役割について語る。入場無料。予約不要。(OIST広報メディアセクション・大久保知美)