名もなき庶民の懐に飛び込み、ありのままの息遣いを伝える。気品にあふれ、文化の薫り高いその番組は、子どもながらに、まだ見ぬ国々への好奇心をかき立てられた

▼海外紀行番組の案内役を31年務めた旅行ジャーナリストの兼高かおるさんが亡くなった。90歳。日本人の海外渡航が自由化される前の1959年に始まった番組。150カ国を訪ね、総移動距離は地球180周分になる

▼〈1年の半分を海外で過ごし、生活の99%を番組に費やした。生き方や仕事を学び、世界を見る目を養った。まさに人生の学校だった〉。著書「わたくしが旅から学んだこと」でこう記す

▼培った世界観にも触れている。〈自分の足で歩くと「世界は一つ」などと安易に言えない。「正しい」は時代と場所で異なる。平和を保つにはまず「違う」ことを認め合い、お互いに尊敬し合うこと〉

▼人間の営みをつぶさに見つめ、誰よりも体感してきた。旅路の果てにたどり着いた言葉は胸にしみる

▼今や、手のひらのスマートフォンであらゆる情報が手に入る。便利になり、海外との距離も縮まった。でもテクノロジーの進歩に比例して心のありようは豊かになっただろうか。〈人は常に変わる。だから世の中は不可解であり、楽しくもあり、冒険的でもある〉。体験主義を貫いた生きざまがまぶしい。(西江昭吾)