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「土俵に立てることが幸せ」 白血病を克服、沖縄出身の呼び出し・宮城圭佑さん

2019年1月19日 05:00

 大相撲の力士のしこ名を土俵で読み上げる呼び出し。沖縄県浦添市出身で重次郎を名乗る宮城圭佑さん(26)は、昨年12月の15、16日の冬巡業「沖縄場所」で呼び出しを務めた。中部農林高相撲部時代に急性骨髄性白血病を患い、治療に耐えて病気を克服。高校卒業後に呼び出しとなって8年目で「今土俵に立てていることが幸せ」と裏方の仕事に、やりがいを感じている。(運動部・當銘悠)

冬巡業「沖縄場所」で呼び出しを務める重次郎=2018年12月16日、宜野湾市・沖縄コンベンションセンター

 小学4年の時、浦添市の相撲大会ですぐ負けたのが悔しくて、稽古に打ち込み始めた。同年、OTV杯で優勝した山本浩太さんは隣近所。頼み込んで山本さんの通う奥武山クラブに通い始めた。

 浦添中入学後は2人で相撲部を創設。2年の時に団体で九州3位、全国16強と力を付けた。高校は強豪・中部農林へ進み、「食らいついていかないと」と上を目指した。

 相撲の道が突然閉ざされたのは1年の冬だった。風邪が治らない状態が続き、病院へ行くと急性骨髄性白血病と診断された。目の前が真っ暗になった。

 休学して闘病生活が始まった。抗がん剤の影響で体の毛が全て抜けた。吐き気が治まらないためゼリーしか喉を通らず、急激に体重が減った。「死ぬんだろうな」との思いが何度も頭をよぎった。

 心の支えは家族や相撲部員たち。一日も欠かさず見舞いに来てくれたことが、何よりうれしかった。

 3~4カ月の治療でようやく回復の兆しが見え始め、入院から約半年後に退院。マネージャーとして稽古場に通う日々が続いた。「自分もやりたい」と選手として復帰した。土俵に上がった時は「戻ってこられるとは思わなかった」と感動で震えた。

 3年で試合にも出場し、九州総体までやり抜いた。卒業後も相撲に関わる進路を模索した。力士は難しかったが、相撲部の木崎智久監督と先代九重親方(元横綱千代の富士)が親しく、呼び出しに採用された。

 現在、県出身者でただ一人の呼び出しだ。昨年12月の沖縄場所で「浦添市出身の呼び出し、重次郎」とアナウンスされると大きな拍手が起きた。注目を浴び、「本場所より緊張した」と照れ笑いする。

 「『お前だと気合が入る』と言われるような読み上げを目指したい」と目標を語る。土俵に上がれる喜びを感じながら、「これからも縁の下の力持ちで大相撲を支えていく」と意欲を語った。

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