中日を代表する選手として「ミスタードラゴンズ」の異名を取り、通算2480安打を放った巧打者が、プロ野球の歴史に残る栄誉を受けた。「殿堂入りを光栄に思う。感激している」と喜びを語った。 大阪・PL学園高時代は苦しい練習や上下関係に耐え、野球に打ち込んだ。