イラストも筆者

 「この数字って本当にそのまま達成できるのか?」

 とあるサービス業のコンテンツ制作における集客効果のシミュレーションに、取締役が放った言葉である。おそらくこれから先、私はこの言葉を忘れることはない。関係者が案件に対する理解がまるでない時に、よく発する言葉であることを身をもって知ったからだ。

 当時、商品のプロモーション対策において、漫画やアニメといったコンテンツの力を借りるのが流行っていて、何かと問い合わせは多かったものの、実行に至ったことは非常に少なかった。理由は、「効果が期待できないため」とされていた。しかし、同じ対応で同じ報告を上げ、実行した企業のプロモーションは成功し、売り上げが3倍まで跳ね上がったこともあった。さて、何が意思決定に差をつけたのか。それは「挑戦」である。

 シミュレーション(Simulation)とは、予測や計画に基づいて実験し、成果を立証する行為を意味する。営利事業においては、市場の全体規模や商品の魅力、環境などを数字化して事業を「見える化」する行為を意味する。日本企業においてのシミュレーションは、各企業の自社独自のルールに従って行われることが多い。しかし、私が見てきた日本企業のシミュレーションは、変動数字が全くない「固定式運営シミュレーション」がほとんどだった。つまり、ある組織を決まった予算で動かすためのシミュレーションは完璧といっていいほど高い精密さが求められるが、商品開発や新サービス開発などの事業計画におけるシミュレーションは、精密どころか、変数もまともに適用されてないケースがほとんどだった。

 「挑戦」するにあたって、利益の可能性を数字化せず、リスクのみを数字化するため、リスクが高いシミュレーション結果になる。簡単にいえば、可能性として見られる利益が大きければ大きいほど、疑う傾向があるのだ。そして、ビジネス規模がどんどん縮小され、最終的には見送りという結果になることをあまりにも多く見てきた。そして、こうして1度レッテルを張られた事業案は、いくら見直しても上層部に届けられることはなく、どうしても実行したければ、上からトップダウン式でやるしかないという、私としては理解しがたい事態になってしまう。私が起業してから、これまでに提案した事業案は170件ほどだが、そのうち140件がこの流れで成立しなかった。なぜこのようなことが起きるのかを研究した結果、「挑戦」が持つ意味を取り違えているのが原因であるという結論に至った。

 「挑戦」とはなにか。商品(またはサービス)の販売事業を「生活必需品」と「非生活必需品」の二つのカテゴリーに分けてみよう。生活必需品はマーケット根拠の最も大事な要素である顧客層を固定させやすい。人口がそのままマーケット(見込み市場)になるため、価格競争力や商品の魅力を強化し、伝えることで比較的安定性が保証されたシミュレーションを行うことができる。もちろん、それでもシミュレーションにおける変数は多くあり、事業自体は決して容易なことではないが、マーケット根拠がしっかりしているため、様々なシミュレーションパターンを安定性がある土台の上で練り出すことが可能だ。

 それでは、生活必需品ではない、観光やエンタテインメント、またはサービスのような「非生活必須品」はどうだろうか? 生活必需品ではないものは毎日を生きていく上では、「余興」として扱うことができる。余興とは、生活をもっと豊かにするものだが、生きる上で絶対に必要ではない。好景気になれば余興を求め、生活の質を上げるための消費が増加するが、不景気の場合、節約という個人の対策で、消費が極端に下がる。一方、非生活必需品の販売シミュレーションには、景気や世の中のトレンドなど、あらゆる現状を数字化して、精度を上げていく必要がある。当然、そのシミュレーションは、マーケット根拠である顧客層が不変の数字ではない。つまり、大前提であるマーケット根拠がゆらゆらと揺れている状態であるため、結果値の精密度が高くても実際そうなるという確実性は比較的低いものになるしかない。現代の企業の立場からは、この低い安定性を可能性として飲み込むことがマーケット確保に対する「挑戦」にとして認識できるであろう。

 読者の方々には、安定性を確保できないのに事業を遂行するのは無謀と感じられるかもしれない。しかし、「挑戦」の意味を正しく理解したならば、決して無謀とは言えないと分かるはずだ。

 一時期、「ブルーオーシャン」と「レッドオーシャン」というビジネス用語が流行ったことがある。誰も占領していない新しいマーケットであるブルーオーシャンは、企業が最も求めるマーケットだが、世界に存在する企業の数が数えられないほどあることを考えると、ブルーオーシャンが自然界で存在するのはまず不可能である。残る選択は「レッドオーシャンでもう一つのブルーオーシャンを作り上げる」か、「自然界で存在しない全く新しい市場を作り上げる」の二択になるであろう。いずれも、大きな「挑戦」を必要とする。しかし、今の日本企業は「挑戦」を避ける傾向が強すぎて、この言葉はほぼ使われない状態になっている。自分で新たなマーケットを作ろうとはせずに、すでに赤すぎて黒く見えるレッドオーシャンで活躍している他社の市場に入り込んでは、状況が悪くなると身を引く、という状態が続いている。

 たとえば、勇気をもって「挑戦」した飲食店が開発したメニューが流行したら、「挑戦」してない別の店でも同じメニューを出すようなものだ。競争力を上げるために、価格競争が起き、いずれそのメニューはあって当たり前なものとなって、特色が薄れる結果を招き、「挑戦」した店の人気商品がなくなってしまう。これは、極端にいうと、産業の停滞を引き起こしたことになる。遅かれ早かれ、この現象は起きるものではあるが、日本の場合、その速度があまりも早く、いわゆる入れ替わりが早いマーケットになるのだ。入れ替わりが早いため、対応しきれず、魅力ある商品が生まれない。これが今の日本企業が「挑戦」したくないがために引き起こした現象である。日本のことわざでも「二番煎じ」など、いい意味では取られないはずだが、普通に起きている現象なのだ。

 この「挑戦」したくない日本企業が直面している問題について、当の日本企業が理解できてない現状があるのだが、その裏で新たにある現象が起きている。