日本航空(JAL)グループは5日、1954年の沖縄-羽田路線の初就航から65周年を迎え、那覇空港で記念式典開いた。戦後の慰問旅行から始まり、現在のリゾート観光を牽引(けんいん)し、数多くの乗客を送客してきた。乗客・路線とも初就航時から大幅に増加し、現在は年間約300万人(2018年)を運ぶ主力路線に成長した。

JALグループの沖縄-羽田航空路線就航65周年を祝った記念式典=5日、那覇空港

1954年2月5日に沖縄路線に初就航した日本航空機。羽田空港で搭乗する乗客ら(日本航空提供)

多数の乗客を乗せ、花やかに沖縄入りした日本航空のB747一番機=1972年8月1日、那覇空港

退役フライトで那覇空港に飛来した日本航空(JAL)のボーイング747―400D型機=2011年2月19日

JALグループの沖縄-羽田航空路線就航65周年を祝った記念式典=5日、那覇空港 1954年2月5日に沖縄路線に初就航した日本航空機。羽田空港で搭乗する乗客ら(日本航空提供) 多数の乗客を乗せ、花やかに沖縄入りした日本航空のB747一番機=1972年8月1日、那覇空港 退役フライトで那覇空港に飛来した日本航空(JAL)のボーイング747―400D型機=2011年2月19日

 同路線は、JALグループのホノルル(ハワイ)経由サンフランシスコ便に次いで、2番目の国際航空路線として1954年2月に就航。復帰前で、日本からの渡航者はパスポートに代わる身分証明書が必要だった。また、当時は那覇飛行場(現那覇空港)を建設中だったため、同年11月まで米軍嘉手納基地に離着陸していた。路線は1週間に2往復で、年間の乗客数は2500人だった。

 72年の復帰後は沖縄国際海洋博覧会や、毎年夏場にキャンペーンを展開し乗客数を伸ばしてきた。90年にはハイテクジャンボと言われたB747-400型機を全国に先駆けて導入。その後も路線を拡充し、現在は1日12往復が就航している。那覇空港第2滑走路の利用開始に向け、増便も視野に入れている。

 同日、那覇空港であった記念式典で、日本トランスオーシャン航空(JTA)の丸川潔社長は「沖縄の発展とともに育ててもらった。今後も世界水準の安全とサービスを提供し沖縄の観光振興に貢献したい」と話した。