「みゃーくふつ(宮古言葉)」の普及・継承を目的に宮古島市で毎年開かれている「鳴りとぅゆんみゃ~く方言大会」のチャンピオンの1人、池田健吉さん(75)=市平良西仲宗根=は日常のささいな体験を笑いに変える宮古言葉の表現に魅力を感じている。宮古言葉が国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「消滅危機言語」に挙げられる中で、宮古民謡を通して、子どもたちに気軽に言葉に触れてもらえないかと、考えを巡らせる。(宮古支局・仲田佳史)

日常のささいな体験を笑いに変える「宮古言葉の奥深さに触れてほしい」と期待する池田健吉さん=5日、宮古島市平良西仲宗根

 池田さんは1943年、宮古島市城辺西里添の西中集落で生まれた。幼い頃に母の実家がある西仲宗根の添道集落に移り、祖母と暮らした。地域の大人は宮古言葉で話すのが当たり前で、言葉は自然と身に付いた。小学校では共通語を使うのは授業ぐらいで、「方言札」もなかった。「小学3年生まで共通語はよく分からなかったぐらいだ」と笑う。

 日常会話は宮古言葉。懇親の席上で酒を回し飲む宮古の風習「オトーリ」では、身の上話を宮古言葉で笑いに変えてその場を和ます。生活の苦しさも、つらい出来事も、酒席のユーモアで生きる力に変える。宮古言葉だからこそできる意思の疎通があると感じている。

 池田さんが例に挙げたのは高齢女性の葬式の話だ。ヤギがしきりに鳴いているのを聴いた男性。ヤギの鳴き声と宮古言葉でおばあさんを「んまー」と言うのを引っかけて、「うわぁたが んまー うらんにば んまーんまーな〓な(あなたの、おばぁさんが、いないからといって、んまーんまーと鳴くな)」。悲しみの中にある葬式でも、ちょっとしたユーモアをまぶすことで、人々は生活を送ってきた。

 「宮古言葉は一つの発音でも、使う場面によっては別の意味に捉えることができる。宮古の人はそれをうまく使ってコミュニケーションに生かしている」と話す。

 94年から始まった方言大会の2008年大会のチャンピオン。昨年11月に宮古島市であった「危機言語サミット」では、歴代チャンピオンの1人として再び舞台に立った。その時には自らの体験を笑いを交え発表。飼い犬が1円玉がたくさん入ったビニール袋をどこかからくわえて来た体験を元に、今度は宝くじの当選くじを拾わせるために放し飼いにしてみる内容だ。

 生活の中で使われる宮古言葉に触れてほしいとの思いから、実話を題材に話を組み立てた。「昔ならおじぃやおばぁとの会話で自然と耳にできた言葉。だが、今はそれができなくなってきている」

 子どもの世代にどう「消滅危機言語」となった宮古言葉を残していくか。池田さんは小学校の総合学習の授業に宮古民謡を取り入れ、歌詞に触れることから始められないかと頭をひねる。刺し身は「なます」、シソは「あかながま」、見事は「さらみぐとぅ」。「なますぬぅぐぅ」という民謡には身近な宮古言葉があふれ、教材にも最適だと考えている。

 民謡愛好家は市内に多く、ボランティアで指導を望む人もいる。「人頭税だったり、雨が降らず農作物が育たなかったり、宮古の人は多くの苦しい体験をしてきた。民謡を学ぶことで宮古の歴史も知ることができるのではないか」と教育現場での活用に期待する。