沖縄県吹奏楽界の発展に貢献し、卓越した指導力で「吹奏楽の神様」と呼ばれた屋比久勲(やびく・いさお)さんが13日午後3時7分、肺炎のため福岡県筑紫野市の病院で死去した。80歳。宜野座村出身。自宅は那覇市古島。告別式は17日午後2時から4時、浦添市勢理客3の11の2のフェニックスホール那覇玉泉院で。喪主は長男哲(さとし)さん。

屋比久勲さん

 琉球大学を卒業後、23歳で教員になった。垣花小中学校を皮切りに真和志、石田、小禄、首里の各中学校で吹奏楽を教え、1990年に現・福岡工業大学付属城東高校、2007年に鹿児島情報高校へ赴任した。14年には九州情報大学(福岡県)の教授に就き、創部間もない吹奏楽部を指導。赴任7校で全日本吹奏楽コンクールに通算32回出場し、14回の金賞に輝いた。うまく演奏ができない生徒も叱らずに向き合い、美しい音色をつくり上げる手腕で全国的に注目された。

 1979年に沖縄タイムス教育賞、98年に沖縄タイムス芸術選賞大賞を受けた。