「生老病死」という言葉があります。これは仏教における苦しみの分類で、「四苦八苦」の四苦の中に「生苦、老苦、病苦、死苦」が含まれています。具体的に生苦とは生まれる苦しみ。出産時は母子、胎児とも大きな危険と苦しみを伴います。

イラスト・いらすとや

 次の老苦は、加齢による体力の衰えや容姿の変化を伴うための苦痛。3番目は病苦で、最後には死の苦しみがあります。死への不安や死を考えることの困難さは想像に難くないと思います。

 生まれて、老いて、病気になり、死を迎えることは人生における縮図と言えますが、同時に向き合うべき四苦を伴っています。苦しみと向き合うことが、人として成熟を得るために必要であるとの教えかもしれません。

 別の面からこの四苦をみると病院で生まれ、通院して老い、病気で入院し、病院で死ぬ。四苦すべてに医療が関わっており、私たち医療者は国民の人生における「苦」を緩和する責務があるともいえます。ただ医療者は「苦」の全てを取り除くことはできません。あくまでも「苦」と向き合う主役はその人自身であって、私たちは手助けをするにすぎません。

 わが国は世界に類をみない超高齢社会を迎え、いわゆる「多死社会」が到来します。多死社会では「終末期医療のみとりの問題」「救急病院の病床や重症対応できる施設の不足」「終末期医療にかかわる医療介護者不足」など解決しなければならない課題が山積しており、医師会を含めた医療介護関係者が問題解決に取り組んでいるところです。

 しかし、一番重要なのは、「死苦」を考え、向き合うべき主体はその人自身であるということです。仏教の教えにあるように人間は生まれた時から苦難を伴っており、人はそれと向き合う運命にあります。これからの「多死社会」を迎えるに当たって、国民一人一人が老後の人生の最終段階の在り方を主体となって考える時期が来ていると思います。(末永正機 ちゅうざん病院)