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辺野古は「唯一の解決策」? 架空文書で「県外」断念 根拠なかった65カイリ基準

2019年2月18日 08:43

そもそも辺野古~県民投票を前に(7)

 政府は、米軍普天間飛行場の閉鎖、撤去には名護市辺野古への新基地建設が「唯一の解決策」との考えを示してきた。菅義偉官房長官は、知事選や国政選挙で新基地建設反対の民意が示されても、会見で「辺野古が唯一」を繰り返し主張している。

徳之島案断念の理由の一つとなった外務省の極秘指定文書

 安倍政権の主張の源流は、一度は県外移設を目指した民主党政権の「辺野古回帰」にある。

 2009年9月、民主代表の鳩山由紀夫氏は「最低でも県外」を掲げ政権交代を実現した。「辺野古移設以外の案を検討する」と、移設先の検討に入った。

 10年春には徳之島移設案を打ち出した。だが、地元にも米軍にも根回しがなく、猛反発に遭い撤回した。鳩山氏は5月に来県し「学べば学ぶにつけ」、海兵隊の抑止力の重要性が分かったとして早々と辺野古移設に回帰し、その後辞任した。

 鳩山氏が徳之島案を断念した理由の一つが外務省の極秘指定文書だった。移設問題の結論の期限を10年5月末としていた鳩山氏の元に、4月ごろ突然届いた。

 文書では、航空部隊は訓練場のある沖縄本島から65カイリ(約120キロ)以内に置く必要があると指摘。65カイリは米軍の基準で「それを超える例は世界的にない」と説明し、本島から約192キロ離れた徳之島案を事実上否定するものだった。

 だが、後に米軍は「海兵隊の基準にはない」と否定した。外務省、防衛省も16年2月に「存在は確認できなかった」と文書の存在自体を否定した。つまり、根拠のない「65カイリ以内」などの基準を基に、徳之島案を断念していた形だ。

 18年11月に来県した鳩山氏は「この文書がなければもっと執拗(しつよう)に県外を追及していた」と、県外移設が実現した可能性に言及した。

 だが、その中身は検証されることなく、沖縄防衛局は13年に県へ提出した埋め立て承認申請の中で、普天間飛行場の危険性除去と抑止力維持などを総合的に判断した結果「辺野古が唯一の解決策」と説明。ヘリ部隊と関係する海兵隊施設が近くにあることから「辺野古以外の選択肢はない」と結論づけた。(政経部・大野亨恭)

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