「あんなる猿ん子(くヮ)が、わんわくてィ」-。那覇市のガジマル保育園(糸数由美子園長)では、約40年前から沖縄のわらべうたを日々の遊びに取り入れ、小さい頃から、しまくとぅばの響きに親しませている。同園の講師や保育士、元園児の保育士実習生に、わらべうたを取り入れた遊び方やその魅力を聞いた。(社会部・宮里美紀)

「あんなる猿ん子」の最後でカチャーシーを踊る園児たち=19日、那覇市銘苅、ガジマル保育園

わらべうた「なーみなーみ わんわちゃくり」に合わせて動く布に大はしゃぎの0歳児ら=19日、那覇市銘苅、ガジマル保育園

「あんなる猿ん子」の最後でカチャーシーを踊る園児たち=19日、那覇市銘苅、ガジマル保育園 わらべうた「なーみなーみ わんわちゃくり」に合わせて動く布に大はしゃぎの0歳児ら=19日、那覇市銘苅、ガジマル保育園

 ガジマル保育園の2~5歳児クラスでは月2回、那覇わらべうた会の中村玲子さん(71)を講師に招いて音楽に運動を組み入れて体を鍛える「リズム遊び」を楽しむ。

 わらべうた「あんなる猿ん子」では、「猿(さる)ん子(くゎ)(カマキリ)」が題材。カマキリの両手が手首を曲げる猿のしぐさと似ているため、子どもが「猿ん子」の手まねをしてからかう。

 「ユイヤサ サーサ イヤ猿ん子」と軽快なリズムに合わせて、踊りの速さをあげると、子どもたちは大はしゃぎ。盛り上がったところで、最後はカチャーシーで締めるなど、自然に沖縄文化も学べるようになっている。

 また、中村さんがリズムに乗りながら、頭に手を当てると、子どもたちはすかさず「チブル(頭)!」と元気いっぱいに答える。遊びや歌詞を通じて「チビ(尻)」など体の部位名称や「ボンボン(テントウムシ)」など身近な生き物のしまくとぅばを自然に覚えていく。

 中村さんは講師として同園に通って約30年。リズム遊びの大半は「うれしいひな祭り」など全国的な歌だが、わらべうたは「沖縄独特の言葉やリズムを少しずつ身に付けられる」とし、続けて取り組んできた。全国的に見ても、特に沖縄はわらべうたが多く残っている地域だという。

 まだおしゃべりがおぼつかない0歳児クラスでも、ほぼ毎日わらべうたで遊んでいる。「はーえーすーぶー(走り勝負)」では、手拍子に合わせてみんなで小走り。「なーみなーみ わんわちゃくり(波さんが私をくすぐるよ)」では、子どもたちの頭上で大きい布を使って、波が押し寄せては引いていく様子を感じさせる。子どもたちも曲を覚えていて、曲ごとに振り付けや手遊びなど遊び方を変える。

 0歳児クラス担任の下里久仁恵さん(58)も同園に勤めて約30年。「同じ歌でも速いテンポなら遊び歌、ゆっくり歌えば子守歌にもなるのがわらべうたの良いところ」とにっこり。過去に受け持った子から、大人になった今もわらべうたを覚えていると、うれしい報告をされたこともある。

 その教え子、沖縄女子短期大学1年の知念明華(あすか)さん(19)=那覇市=は、保育士を目指して同園に実習中。5歳だった頃に下里さんから習った「じんじん」や「あかたすんどぅんち」は今も口ずさめる。当時、「日本語とは違う響きのしまくとぅばが面白くて。覚えると祖父母も喜んで一緒に歌ってくれた」と振り返る。

 若い世代を中心にしまくとぅばを話せない人が増える中で「ガジマル保育園の子たちはしまくとぅばで歌える」と感心。「しまくとぅばは沖縄の人が大切に守ってきた言葉。次の世代に受け継いでいけるようにしたい」。保育士になったら、わらべうたやリズム遊びを通して子ども同士が自然に打ち解ける手助けがしたいという。

 開園から約40年。同園では沖縄のわらべうたが脈々と受け継がれている。

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わらべうたの「なーみなーみ わんわちゃくり」に合わせて動く布に大はしゃぎの0歳児ら=19日、那覇市銘苅、ガジマル保育園