「きょう、無事に中学を卒業できてとてもうれしい」-。終戦後の混乱で学校に通えず、民間の夜間中学校で3年間学び直した牧野順子さん(76)が8日、籍のある那覇市の寄宮中学校(仲盛康治校長)で卒業証書を受け取った。読み書きもままならないまま女手一つで子どもたちを育て上げ、大病さえも乗り越えた人生。事情を知った寄宮中の3年生たちが式を催し、牧野さんの門出を祝った。(社会部・渡慶次佐和)

全校生徒の拍手の中、仲盛康治校長から卒業証書を手渡される牧野順子さん=8日、那覇市・寄宮中学校(田嶋正雄撮影)

小学校は2年まで

 牧野さんは神戸で生まれ、幼い頃に両親の出身地沖縄に戻った。3歳で終戦。4人いる弟妹の子守や家の手伝いで、小学校には2年までしか行けなかった。

 15歳から社会に出て働き、夫の勝廣さんと19歳で結婚、兵庫県に移り住んだ。36歳で家族で沖縄に戻ったが、半年後に勝廣さんと死別。それからは実母や妹が農連市場で営んでいたもやし店を引き継ぎ、1人で3人の子どもを育てた。

働きながら夜間中学

 「いつか自分の字で名前と住所を書きたい」。長年思い続けていた牧野さんは、妹からNPO法人珊瑚舎スコーレの夜間中学を勧められたのを機に、一念発起して60代半ばで入学。だが当時は早朝の市場の仕事と両立が難しく、途中で断念した。

 その後、諦めきれずに2016年に再入学。授業や課外活動に熱中した。1年と3年の時に脳梗塞を患ったが、家族の支えや友人の励ましを受け、通い続けた。

学びを諦めない姿

 夜間中学校を修了すると、特例で「中学卒業相当」と見なされ、卒業証書は籍のある中学校などで授与される。牧野さんのことを知った3年生の生徒40人が「卒業式を開こう」と実行委員会を立ち上げ、スライド上映や記念品を企画。生徒たちの心のこもった演出に、牧野さんは感極まった様子で花道をゆっくりと進み、生徒と抱き合った。

 脳梗塞の後遺症で話すことが難しくなっていたが、この日のためにデイケアで猛練習。娘のみどりさん(50)に付き添われながら「無事に卒業できてとてもうれしいです。ありがとうございました」と、涙をぬぐった。

 実行委を代表し、上原謙治さん(15)は「どんなことがあっても、笑顔を絶やさず目標を貫く牧野さんのように自分たちも頑張っていきたい」と祝福した。