福島県いわき市のギタリスト、村重光敏さん(56)の妻は嘉子(よしこ)さんという。記者の習いで漢字を尋ねると「嘉陽の嘉です」。名護市嘉陽の海は8年前、一家の傷を癒やしてくれた
▼「毒の煙が降っているから、少しの間沖縄へ行こう」。東京電力福島第1原発の放射性物質から、当時7歳の息子空さんを守った。音楽仲間に紹介され、嘉陽で自然学校を営む輿石正(こしいしまさし)さん(73)と出会った
▼大工と二足のわらじを履く光敏さんは、故郷の再建に腕を振るうため18日後にいわきに戻った。嘉子さんと空さんはとどまった
▼名護で2人を支えた輿石さんは「私にとって事故は風化しようがなかった。人の姿をした目の前の現実問題だったから」と語る。原発と基地の不条理を成長した空さんに伝えたくて、映画「10年後の空へ」で一家の姿を撮った
▼一方、光敏さんはステージで原発を語る。「最近は話しづらくなってきた。まだ言ってるの、という空気を感じる」。でも相手を責めない。自身も輿石さんと向き合って初めて基地問題を肌身に感じられた
▼空さんはこの春名護の中学校を卒業し、一家3人が再びいわきで暮らせることになった。福島と沖縄。離れていても、そこに大切な人がいれば互いに当事者として問題に関われる。一家と輿石さんは「今後も長いつきあいになる」と話している。(阿部岳)