「沖縄民謡を歌うことで、しまくとぅばを保存できないか」-。沖縄科学技術大学院大学(OIST)准副学長の岩佐敬昭さん(52)=うるま市=は、師匠から民謡を一つ一つ学ぶたびに、実感している。沖縄に来て1年半。沖縄民謡に魅了され、情感を込めて歌おうと、しまくとぅばだけでなく、沖縄の歴史や文化も学ぶ日々だ。「言語の保護・継承は、国がやると言っても限度がある。しまくとぅばが、できるだけ身近にある環境を整えることが大事」と話し、民謡に可能性を感じている。(北部報道部・村井規儀)

「しまくとぅばの保存・継承に、民謡が鍵になる」と話す岩佐敬昭さん=12日、恩納村・沖縄科学技術大学院大学

 2009年に、国連教育科学文化機関(ユネスコ)が、国頭、沖縄、宮古やアイヌなど日本国内の八言語が、消滅の危機にあると指摘してから10年。八重山語と与那国語が「重大な危険」、国頭語と沖縄語、宮古語は「危険」として、消滅危機言語のマップに記載された。

 岩佐さんは、13年4月から翌7月まで、文化庁の国語課長を務めた。標準語の普及が中心業務。一方、同庁は消滅危機言語の実態調査や方言サミットなど方言の保存・継承を実施する業務も行う。「標準語に限らず、方言をもっと大事に扱おうという雰囲気がある」と説明する。

 岩佐さんは北海道生まれ。危機言語の中でも「極めて深刻」とされるアイヌ語に関心を持っていて当時は「『国頭』を、どう読むのかすら分からなかった」と振り返る。

 OISTへ赴任し、沖縄の言葉への関心を高めながらも、職場でも日常生活でも共通語が中心。しまくとぅばを話す人に、出会うことはなかった。そこで始めたのが三線。「三線好きの同僚たちと練習を始めて、ようやく、しまくとぅばに出合えた」。この経験からも、沖縄の言葉の「危険」な段階を実感したという。

 今は週に1回、琉球國民謡協会の儀保弘民謡研究所で民謡を習う。しまくとぅばが分からない岩佐さんを気遣って、皆は共通語で会話する。だが、やはり場が盛り上がると、会話はしまくとぅばに。「半分くらいは分からない」。困り顔の岩佐さんだが、豊かな言葉の世界に身を浸すことを、積極的に楽しんでいる。

 その一方で、気になるのは、しまくとぅばの次世代への継承だ。師匠の儀保さんの子の世代は聞けても話せず、孫世代はどちらもできない。「儀保さんの『しまくとぅばも、自分の代でおしまい』とのつぶやきが胸に刺さる」。

 長年、言葉の仕事に携わってきた岩佐さんは考える。「アイヌ語のように音声資料として録音すべきか。それでも全ての語彙(ごい)は収録できない。しまくとぅばが生まれながら身近にある環境と、後からアーカイブなどで学ぶ環境では全然違う」。

 「エイサーや教訓歌は幅広い世代が親しんでいる」。沖縄民謡が生活に根付いていることから「民謡は欠かせない。若い世代が民謡を歌い学ぶことで、生活に根差したしまくとぅばも残るのでは」と話す。