沖縄県伊是名村諸見区の上里政豊さん(67)宅を、移住先のタイで亡くなった伯父の故喜光さんの親族9人が4月10日訪れた。昨年5月、喜光さんの長女ヒデコさんら3人がわずかな手掛かりを頼りに政豊さんを探し当てたのがきっかけで、今回は親族を連れて再訪した。ヒデコさんは「父の代わりに古里の親族に会えて幸せ」と涙を浮かべた。

喜光さんの古い免許証にはさまっていた35歳と60歳の時の証明写真

上里政豊さん宅でリラックスした笑みを浮かべるヒデコさん(手前左)=4月11日、伊是名村

喜光さんの古い免許証にはさまっていた35歳と60歳の時の証明写真 上里政豊さん宅でリラックスした笑みを浮かべるヒデコさん(手前左)=4月11日、伊是名村

■果たせなかった帰国

 喜光さんは軍医として戦時中タイに駐留し、その後現地で「テルヤクリニック」を開業。故郷を思う気持ちは強く、いつも一時帰国する準備をしていたが、果たせなかったという。

 昨年、ヒデコさんらは「テルヤ」という名前を頼りに集落の民家を一軒一軒訪ね歩いたが、思い当たる人になかなか出会えなかった。上里家は戦前に照屋家の養子となり、海外に移り住んだ人はそのまま照屋姓だったが、島の人は戦後に上里姓に戻っていたためだ。

 ようやく、以前は屋号がテールヤー(照屋)だったという上里商店にたどり着き、政豊さんの息子の圭一さん(43)一家と面会。圭一さんは言葉も通じず、当初は誰なのか戸惑ったという。

■家系図の整理中に

 ヒデコさんたちが持っていたメモの「TERUYA KIKO」の文字を見て、圭一さんは家系図の整理中に「KIKO」と打ち込んだことを思い出し、事情に詳しい母の順子さん(67)を呼んだ。

 順子さんがヒデコさんの差し出した写真を見ると、政豊さんの父喜一さんにそっくりな喜光さんが写っていた。互いに伝え聞いていた話もぴったり一致。ヒデコさんはうれしさで順子さんと泣きながら抱き合ったという。政豊さんも写真を見て、親族だと確信した。

 今回の訪問では、県内に住む親族も集まった。

 ヒデコさんは歓迎会のあいさつで、亡くなった喜光さんを思い「こうして自分たちが父の代わりに故郷に戻ってきて、いとこたちと会えて幸せ。感動している」と涙を浮かべた。

 圭一さんは「喜光さん一家との出会いは、ドラマチックだった。言葉を超えて心を通わせることができて、自分でも信じがたいほどの経験だった。長い時を経てこうして会えたことに感謝でいっぱいだ」と話した。(比嘉靖通信員)