天皇陛下が30日、退位する。皇太子時代に5回、平成の30年間で6回の計11回、沖縄を訪問した。「沖縄への理解を深め、沖縄の人々の気持ちが理解できるようにならなければならないと努めてきたつもりです」などと沖縄に心を寄せる発言を続けてきた。沖縄訪問と発言を振り返る。(政経部・福元大輔)

糸満市での全国植樹祭に出席するため、戦後の天皇・皇后両陛下としては初の来県=1993年4月26日

国立ハンセン病療養所「南静園」を訪問し、入所者に声を掛ける天皇陛下=2004年1月、宮古島

与那国島の東牧場を訪れ、与那国馬を見つめる天皇、皇后両陛下=2018年3月28日(代表撮影)

天皇陛下の沖縄訪問と語録

糸満市での全国植樹祭に出席するため、戦後の天皇・皇后両陛下としては初の来県=1993年4月26日 国立ハンセン病療養所「南静園」を訪問し、入所者に声を掛ける天皇陛下=2004年1月、宮古島
与那国島の東牧場を訪れ、与那国馬を見つめる天皇、皇后両陛下=2018年3月28日(代表撮影) 天皇陛下の沖縄訪問と語録

■この地に心を寄せ続けていく

 戦後30年の節目となった1975年7月、沖縄海洋博覧会で初来県。戦没者慰霊のため、南部戦跡に向かう車列に牛乳瓶や角材が、糸満市の「ひめゆりの塔」では献花直後に火炎瓶を投げ付けられた。

 その日のうちに「払われた多くの尊い犠牲は一時の行為や言葉によってあがなえるものではなく、一人一人、この地に心を寄せ続けていくことをおいて考えられません」と談話を発表。その後も国立ハンセン病療養所沖縄愛楽園を訪れるなど、公務を果たした。

 87年10月の海邦国体秋季大会開会式には昭和天皇の代理で出席。沖縄戦の犠牲者に哀悼の意を表し、県民の労苦をねぎらうとともに「思わぬ病のため沖縄訪問を断念した。健康が回復したら早い機会に訪問したい」という昭和天皇の言葉を伝えた。89年1月に逝去した昭和天皇の沖縄訪問は実現しなかった。

■「遺族へのお言葉」を発表

 即位後の初訪問は93年4月の全国植樹祭。戦後の天皇・皇后両陛下として初めて沖縄の地を踏んだ。警備は厳重で、平成の地方訪問では初めて両陛下が乗る車に防弾ガラスが使用されたという。

 糸満市の国立沖縄戦没者墓苑やひめゆりの塔で参拝、「20万の人々が犠牲となったことに、言葉に尽くせぬものを感じます」と「遺族へのお言葉」を発表した。大田昌秀知事は「戦後に区切りをつけることはできない」と心情を語った。

 戦後50年の95年には「慰霊の旅」として長崎、広島に続いて沖縄に。南部戦跡を回り、同年建立の平和の礎について、大田知事に「いいことをされましたね」と言葉を掛けたという。

■対馬丸の犠牲者を慰霊

 2004年の訪問では国立劇場おきなわ開場記念公演の後、宮古島市へ足を運び、ハンセン病回復者の療養施設「南静園」で、亡くなった元患者が眠る納骨堂に白菊の花束をささげた。

 14年6月には、戦時中に米軍の魚雷で撃沈した学童疎開船「対馬丸」の犠牲者の慰霊で来県した。

 退位が決まった後の昨年3月には、国立沖縄戦没者墓苑で供花したほか、与那国町へ渡り、世界最大級のガ「ヨナグニサン」や与那国馬を視察、豊見城市の沖縄空手会館で空手の演武を観覧した。沖縄に心を寄せてきた両陛下が再訪を強く希望したとされ、在位中最後の機会となった。