糸満ロータリーは「糸満の顔」「シンボル」と言われる。地元生まれの玉城樹さん(69)は「心の古里」と呼ぶ。そばにある標高20メートルの拝所、山巓毛には最後の南山王・他魯毎(たろまい、たるみい、1429年没)が葬られたとされる墓を含む門中墓群があり、「昔は南部を巡るバスの発着点。辺りは買い物客でにぎわう繁華街の中心だった」という歴史を思い起こすからだ。

1993(平成5)年ごろの糸満ロータリー。雑居ビル群の向こうに糸満市名城の拝所・エージナ島が見える(糸満市教育委員会提供)

周囲のビル群が立ち退いた糸満ロータリー。エージナ島の右に見える糸満市役所は2002(平成14)年に落成。埋め立てで海が遠くに見える=22日

1993(平成5)年ごろの糸満ロータリー。雑居ビル群の向こうに糸満市名城の拝所・エージナ島が見える(糸満市教育委員会提供) 周囲のビル群が立ち退いた糸満ロータリー。エージナ島の右に見える糸満市役所は2002(平成14)年に落成。埋め立てで海が遠くに見える=22日

 1993(平成5)年にはロータリー周りに銀行や商店、飲食店などが入った雑居ビルが並んでいた。近所の玉城雅夫さん(66)は「本島最南端の漫画喫茶もあった」と思い出す。どれも国道331(現・県道256)号の拡幅工事などで立ち退き、2015(平成27)年にロータリーは県内初の信号機を使わない環状交差点(ラウンドアバウト)になった。

 景色が変わり、周辺は人口減や高齢化が進む。市糸満で生まれ育ち、地元史に詳しい崎山正美さん(69)は「平成になった頃には既に街の空洞化が起こっていた」と話す。北側に西崎地区の埋め立て地が整い、人口流出が始まったという見方だ。「福祉の観点から優しい地域づくりを考えるのが令和の課題」と考える。(南部報道部・堀川幸太郎)