正月やシーミー、お盆と沖縄の年中行事や御願に欠かせないもちを作り続けて64年。那覇市山下町にある「ペリーもち屋」がきょう、平成の終わりとともに閉店する

▼店主の照屋トシ子さんは1924(大正13)年生まれの94歳。夫の故忠男さんと米軍統治下の55年、ペリー区と呼ばれていた現在の奥武山公園辺りで開業したのが始まりだ

▼毎朝もち米をひいて、蒸し、一つ一つ手で丸める工程は今も変わらない。立ち作業にも「畑仕事で鍛えたからがんじゅうよ」とトシ子さん。添加物を加えないもちは柔らかく、素朴な甘さが口に広がる

▼消費税が導入され、8%に上がった平成の時代でも、子ども用の一口サイズは20円に据え置いた。いつしか近所の子どもたちが「ペリーもち」と呼ぶようになり、品名に定着したという

▼老舗の閉店が報じられると、名残を惜しむ客がひっきりなしに訪れた。野菜やご祝儀を手渡す人も。豊見城市から来た女性は「ここに来れば御願用のもちがいつでも手に入った」と感謝した

▼長男の和男さん(68)によると、3月末での閉店も考えたが、シーミーや5月1日の改元に合わせて30日を区切りとした。昭和、平成と働いてきたトシ子さんの「令和はいっぱい遊ぶ」との言葉がほほ笑ましい。元気を分けていただこうと、握手した手は小さくて温かかった。(大門雅子)