3歳で診断された白血病を乗り越え、レスリングに打ち込む少年がいる。夢は「全国大会優勝」。4月21日に開かれた県大会で優勝を飾って着実に歩みを進める中、家族は「活躍する姿が、今も病気に立ち向かう子たちの励みになってほしい」と願っている。(社会部・國吉美香)

タックルの練習に打ち込む砂川空也さん=29日、浦添工業高校(下地広也撮影)

レスリングに打ち込む砂川空也さん(左)と、母の織江さん=那覇市内

タックルの練習に打ち込む砂川空也さん=29日、浦添工業高校(下地広也撮影) レスリングに打ち込む砂川空也さん(左)と、母の織江さん=那覇市内

■顔は膨れ髪は抜け落ち…

 少年は泊小学校5年で、クラブチーム「てだこジュニア」(浦添市)に所属する砂川空也(こうや)さん(10)=那覇市。3歳の誕生日を迎えてからまもなく、「微熱が続き、調子が悪そう」と保育園から母親の織江さん(35)に連絡が入った。検査を受けた病院で急性リンパ性白血病と診断され、約3カ月の入院生活が始まった。

 抗がん剤治療を始めると、副作用で空也さんの顔は満月のように膨れ、髪の毛が抜け落ちた。泣き疲れるほど注射を受け、病院側から「正常な細胞にも作用するので、扱うときは手袋を使ってください」と渡された薬もある。「そんな薬をわが子に与えないといけないのか」。織江さんは心が折れそうになりながらも、「副作用で泣いて吐いても、空也は一生懸命治療と向き合っていた。その姿が支えだった」と振り返る。

■体力と免疫力を高めるために

 基礎体力や免疫力を高めるためにと、父親の央空(ひろたか)さん(37)が勧めたのがレスリングだった。

 まだ背中に発疹が残り、髪の毛も生えそろっていないころ、てだこジュニアの門をたたいた。同世代が走り回り、マット運動をする中、息が切れ、足が止まる。輪から外れて、央空さんの元に駆け寄ることもあった。「自分には無理だ」。一度は、諦めた。

 転機は小学校入学後。周囲でスポーツや習い事をしている友人を見て、自分にも何か強みがほしいと、頭に浮かんだのがレスリングだった。

■初めて全国大会に出場

 再び「てだこジュニア」に入会した年の冬、砂川空也(こうや)さん(10)は初めてのレスリングの県大会に出場し、学年別の試合で3位を勝ち取った。「自分にもできる。もっと強くなれる」。マット運動、ストレッチと地道に練習を重ね、昨年夏には大阪で開かれた全国大会に初めて挑んだ。

 初戦では1点を先制したあと同点に追い付かれ、ラスト1秒で相手選手に追加点を許した。悔しくて泣きたい気持ちだったが、涙は一粒もこぼさなかった。

 負けてから、自主トレーニングのメニューを書き込む「全国優勝ノート」を作った。毎日書き込み、実践する。4月21日に嘉手納町で開かれた県大会では、5~6年生の部34キロ級で優勝。次の目標は、7月に和歌山県で開かれる全国大会でベスト8に入ることだ。

 指導するてだこジュニアの村田亮コーチ(44)は、「初めて入ってきた時は体力も他の子より低く、正直、この先続けられるんだろうかと思っていた」と振り返る。だが教えた技を忠実に反すうし取り組む空也さんの成長は目覚ましかった。「体力は150パーセント回復して、メキメキと上達している」と太鼓判を押す。

 母親の織江さん(35)も「3歳で診断を受けたころには考えられなかった未来に今立っている。空也の姿が、今も病気で闘う子たちの励みになってほしい」と空也さんを見つめる。

■勇気づけられた活躍

 当初、医者から治る可能性がある病気だと説明を受けても、織江さんは一切頭に入ってこなかった。高校3年生の時、同じ病気で母親を亡くしていたからだ。

 これから先、小学校に入って進学し、いつかは結婚もするだろう。当たり前だと思っていた空也さんの未来が立ち消えた気がした。

 そんな時、同じような小児の白血病や難病を克服し、元気に活躍する子の新聞記事を偶然見掛けた。「病気をした後、こんな元気に過ごしている子もいるんだ」。勇気づけられ、少しずつ落ち着きを取り戻すようになったという。

 ただ、治療に100%がないことも分かっている。闘病中、同じ病棟で空也さんとウルトラマンの人形で遊び、ドラゴンボールのアニメを一緒に見た同世代の友人は、退院後まもなく亡くなった。

 空也さんは「友人たちのためにも、試合に負けず、練習に打ち込みたい」とはにかみながらもしっかりとした口調で決意を見せた。