ハンセン病の強制隔離政策を巡って、元患者の家族が国に謝罪と損害賠償を求めた訴訟の判決が来月、熊本地裁で言い渡される。

 原告本人尋問などにより、患者本人だけでなく家族もいわれなき差別と偏見にさらされていたことが明らかになっている。

 「人生被害」に向き合った司法判断を求めたい。

 訴えたのは元患者の子どもやきょうだい、配偶者など20代から90代までの561人。うち沖縄在住が4割を超える250人に上っている。

 被害は深く多方面に影響を及ぼしているが、原告側が「共通損害」として訴えているのは次の二つ。

 ハンセン病患者の家族であるという理由だけで「差別偏見を受ける地位に置かれたこと」と、親子やきょうだい、夫婦として「家族関係を妨げられたこと」である。

 1950年代半ばに熊本で起こった「竜田寮事件」は、患者の子どもの地元小学校通学をPTAが拒否するというものだった。

 学校や地域での排除はすさまじく、差別から身を守るため家族の存在を隠して生きてきた人も多い。それでもいつ発覚するかとの不安はつきまとい、ビクビクしていたという。

 この問題特有と言っていいかもしれないのが、家族の離散や分断である。隔離政策によって最後まで親子らしい温かい関係が築けなかったり、時に大切な家族を憎しみの対象とするなど絆は引き裂かれた。

    ■    ■

 先月、那覇市内であった「ハンセン病家族訴訟を支える集い」で、県内4人の原告が半生を語った。

 母親が患者だった70代の男性は小学生の頃「東から風が吹けば西に、西から風が吹けば東にと席を移された」「教科書をさおの先に付けて渡されたこともあった」など同級生だけでなく先生から受けた差別に触れた。

 家庭訪問の際、病気で変形した母親の指を見られないように自らお茶を運んだという50代の男性は「親の存在を隠している自分は被害者ではなく加害者ではないかと悩んだ」との気持ちを吐露した。

 弁護団共同代表の徳田靖之弁護士は県内原告が多いことについて「差別偏見が深刻ということを意味しているのではないか」と投げ掛けた。

 被告席に座るのは国だが、誤った認識によって家族を白い目で見続けた私たちもまた責めを負っている。

    ■    ■

 元患者が国家賠償を求め、隔離を違憲と判断した2001年の熊本地裁判決は、社会の中で平穏に生活する権利を奪われた原告らの被害を「人生被害」と表現した。家族が苦難を強いられた歴史もまた「人生被害」といえる。

 国は「家族は隔離政策の対象外で、差別や偏見を直接助長したわけではない」と反論するが、被害の実態に背を向けた言い分だ。

 ハンセン病問題の最終的解決には家族被害の回復が不可欠である。561人もの人たちが勇気を振り絞り声を上げた現実を重く受け止めてほしい。