【クリッシー悦子通信員】米国ユタ州に住む笑子ウィリアムズさん(71)=那覇市出身=は実母に関する情報を求めている。出生後まもなく養子に出され、養母の故・與那嶺信江さんから「実母は久米島の出身だ」と伝えられたという。

 戸籍謄本によると、笑子さんは本籍地は粟国村。出生届は1947(昭和22)年6月30日。養母によると、笑子さんには姉と戦時中に生まれた兄が2人いた。実母の夫は戦地に送られ長く戻らず、戦死したと思われていた。その間に他の男性との間に笑子さんが生まれたが夫の生存が分かり、養女に出されたという。

 養母は笑子さんを一人娘として大事に育ててくれた。9歳の頃、耳痛と高熱が続き、医師からは「手術で治る見込みはほとんどなく多大な費用がかかる」と言われた時は「奇跡を信じたい。財産を全部売り払ってでも費用をつくるからこの子を助けてほしい」と医師に懇願したという。

 笑子さんは那覇の若狭小、那覇中を経て22歳で米陸軍兵士だったミルトンさんと結婚。以来米国で幸せな結婚生活を送っている。実母との思い出はほとんどないが、小学校の頃、校門で話し掛けられ「とてもきれいな女性だった」記憶がある。9歳で大病をした時に看病に来たほか、61年ごろに安里のバス停で偶然会ったのが最後という。

 養母は2006年に他界した。笑子さんは「素晴らしいお母さんだった。ただ、実母やきょうだいのことはいつも気になっていた。どんなつらい事情があったのか。もしも亡くなっているのなら、せめてお墓参りをして『産んでくれてありがとう』と言いたい」と話している。

(写図説明)(上)夫のミルトンさんと暮らす笑子ウィリアムズさん=2018年、米ユタ州の自宅

(写図説明)(下)成人式の時の笑子さん