いつも柔和な笑顔をたたえ、楽しそうに語る姿が目に浮かぶ。16日に87歳で亡くなったエッセイストの儀間進さん

▼ウチナーグチの使い方や表現を紹介するコラムを、本紙で2011年末まで22年9カ月間執筆した。現在の那覇市首里平良町出身。学者ではなく、高校教諭だった。「琉大文学」のメンバーでもあった

▼1972年の日本復帰を前にした闘争の中でもウチナーグチに関心を持ち続けた。発行した個人誌の文章が好評で、79年から雑誌「新沖縄文学」でウチナーグチに関する連載を執筆。89年からは新聞での長期連載がスタートする

▼書く題材に困ったことがないという。「人と談笑している時、バスの中で面白い会話を聞いた時、記憶の底に眠っていた言葉がひょいと湧いてくる」と語っていた。「ユンタク」「テーゲー」「ジョートー」など身近な言葉も掘り下げた。沖縄の日常と重ね合わせ、ユーモアをにじませて解きほぐした

▼文体は読者に問いかけたり、演劇のように若者と年配者の掛け合いにしたり。読みやすい文章の裏には、ウチナーグチの豊かな世界を読者に届けようとの熱意と工夫があった

▼連載終了の際、儀間さんは「しまくとぅばの日が制定され、ウチナーグチは一つの言語と言える時代になった」と総括し、継承へ希望を託していた。その思いと重みを受け継ぎたい。(内間健)