沖縄の日本復帰から47年の「5・15平和行進」(主催・同実行委員会、沖縄平和運動センター)18日に2日目となり、沖縄県内外から1200人(主催者発表)が参加した。進学や就職で十数年沖縄を離れていた記者も18日、初めて「5・15平和行進」に参加した。

沖縄の辺野古新基地建設反対を訴え、米軍嘉手納飛行場第一ゲート前を高進する参加者=18日午後、北谷町砂辺

 読谷村の米軍トリイステーション付近で、沿道に1人で立つ70代の女性は「体力的に行進は無理だけど気持ちは同じ」と、最後尾まで見守っていた。

 嘉手納ロータリー広場に着いて、「昔はもっと住民の出迎えがあった」と教えてくれたのは、元教員の古堅宗孝さん(77)=読谷村。若い世代が、横断幕を持ち声を上げる行動に不慣れなのは分かる。「けれど行進を見て、基地について考えてほしい」

 私が参加に気後れしていたことを話すと、古堅さんは「それが基地への諦めか、無関心かを考えることが大事よ」と、シロツメクサの花が満開の広場で笑った。

 学生時代、車の窓越しに行進を見ていた。平和行進は季節のように訪れ、通り過ぎていくもののように感じていたのかもしれない。

 変わらぬ基地負担に耐えかね、1978年に始まった平和行進。そこからつながる今の沖縄を、私は真剣に知ろうとしてきただろうか。

 曇天から一転、終着点到着時には肌が痛いほどになった陽光の下で、自問した。(社会部・國吉美香)