「第15回ハンセン病市民学会」は20日、沖縄県宮古島市の宮古南静園で開かれ、「ハンセン病家族訴訟」原告で同市出身の60代女性が地元で初めて被害の実態を証言した。社会の偏見や差別で周囲から孤立し家族関係が崩壊したと語り、「令和になっても差別は続いている。国は謝罪し責任を明らかにしてほしい」と訴えた。同訴訟は6月28日、熊本地裁で判決が言い渡される。

 女性は、父がハンセン病患者だった。父は自らが療養所に隔離されると一家の働き手がいなくなることを懸念。周囲に病気を知られる恐れもあり病院へも行かなかった。それでも近所に患者であることが知られ、「汚い」「うつる」などの暴言が家族に浴びせられた。

 症状は次第に悪化し、父は人と会うのを極端に嫌がるようになった。精神的ストレスから毎日のように酒を飲み、怒りっぽくなった。女性は「あんなに優しかった父がどうして。本当に悔しい」と振り返る。

 中学生になるころには、女性は生活費を稼ぐためアルバイトや家事に追われ、学生らしい生活は送れなかった。姉は授業中に同級生からピンで首を何度も刺されるいじめに遭い、血だらけになったこともあった。

 女性はこうした環境に我慢できなくなり卒業後、本土で就職。結婚して子どもができ、父にも会わせた。父はうれしそうな表情を見せたが、病気のことを気にしてか孫を抱こうとはしなかったという。女性は「患者の家族も厳しい偏見差別の中で生きてきた。一家だんらんもなかった」と涙ぐんだ。

 別の60代女性は、旧優生保護法に基づき母が不妊手術を強いられたが、生まれてきたことを明かした。「自分と同じように堕胎の注射を打たれ、生まれることができなかった人のためにも、家族の被害がなかったことには絶対にしたくない。勝訴判決を得ることが偏見差別をなくす第一歩だ」と力を込めた。