俳人の鈴木真砂女は2003年に96歳でこの世を去るまで、恋する女心を数多く詠んだ。〈羅(うすもの)や人悲します恋をして〉〈あるときは船より高き卯浪(うなみ)かな〉

▼夫の失踪、義兄との再婚、妻帯者との不倫。51歳で家庭を捨て、東京・銀座に小料理店を開く。俳人と女将の二つの道を歩んだ波高き人生に老若男女のファンは多い

▼銀座で会員制クラブを40年営む宜野湾市出身の座間味夕雨子さん(61)もその一人。容姿端麗のホステスを雇い、集客する高級店の向こうを張り、一人きりで看板を守ってきた

▼「ママはいつも元気印だね」。常連客はそう声を掛ける。笑顔の裏には人知れず塗炭の苦しみを味わった。許されぬ恋もあった。浮き沈みと背中合わせのわが身を真砂女の句に重ね合わせた

▼東日本大震災後、客足が鈍り、銀座でも閉店が相次ぐ。座間味さんも店を畳むか否かの瀬戸際に追いやられる。そんな時ほど常連の財界人はこぞって支えてくれた。さりげない厚情がうれしかった

▼40年前、出店に猛反対した父親は娘に一言だけ告げた。「ジングヮー(お金)だけを追い掛ける人間になるな」。この言葉を忘れず歩んできた。「銀座の街は優しさとたくましさを教えてくれました」。座間味さんは万感の思いを込める。きょうもまた、夜の帳(とばり)が下りる頃、銀座に一つ明かりがともる。(西江昭吾)