沖縄県北谷町内で4月に起きた米兵による女性殺害事件に抗議する「緊急追悼・抗議集会」が2日午後3時から、同町のちゃたんニライセンター・カナイホールで開かれる。町栄口区の自治会長で、46年前に米兵の飲酒運転事故で両親を亡くした島袋艶子さん(72)は「今回の事件と内容は違うけど、同じ被害者として話せることがあるなら」と会場で思いを述べる予定だ。(中部報道部・勝浦大輔)

米兵の飲酒事故で両親を亡くした体験を語る島袋艶子さん=5月30日、北谷町・栄口区公民館

 4人姉妹の沖縄民謡グループ「でいご娘」のリーダーを務める。日本復帰翌年の1973年、結婚式の余興舞台を終えた帰り、父母が乗る車が飲酒運転の米兵車両と激突。49歳の母は即死し、56歳の父は4日後に息を引き取った。

 「突然、目の前から親がいなくなったんだよ」。島袋さんは当時26歳。分かったばかりの妊娠を母に伝えようとした日だった。

 「運転を休憩していれば」「家族で一つの車に乗るもんじゃない」といった言われない言葉に傷付いた。「自分たちが悪かったのかと、きつかった。『子どもたちだけでも頑張って』の方がまだうれしかった」と振り返る。

 今回の事件で、遺された子どもに境遇を重ねる。「しばらくは静かに見守ることも大切。忘れるわけではなく、時期をみるというか。こどもたちはずっと背負っていかなければならない」と慎重に言葉を選ぶ。

 追悼集会の準備会では、遺族心情に配慮する姿勢が感じられた。自身も自治会長という立場から、「基地反対」が前面に出るようであれば参加しなかった。「拳を振り上げるのではない。私は被害者個人として思いを話すだけ」と決めた。

 両親の命を奪った米兵は、事故後どうなったか一切分からなかったという。「当時はすがる場所もなかった。こういった集会があれば、私たちの両親も少しは浮かばれたのかもしれない」と話す。