あの羽生善治さんに「私はまだ、その領域に達していない」と言わしめる。鬼気迫る威圧感は相手をひるませ、史上最強、超人、不死鳥と数多くの異名を取った

▼羽生さんに破られるまで将棋の最多勝利数1433の記録を持っていた故大山康晴15世名人。不世出といわれる棋士の人物像が知りたくて図書館で関連書籍を手に取った

▼これまでは「忍耐の人」という印象だったが、それは一面にすぎない。勝負師としての姿勢は、人生訓にも通じる名言として残る

▼「最高の技術とは平凡な手を指し続けること」。大山さんの棋風は攻めよりも守り重視。性格もそうかと思ったらその逆で、猪突(ちょとつ)猛進で楽天家。だからこそ自らを律し、局面を読んだ

▼「一回の対局で指す手数は50~60手。それは奇抜なものではなく常識的な最善手が連続しなくては勝てない。最後の一手でミスしたら負ける」。窮地を耐え、したたかに好機を手繰り寄せる。「一つの喜びあれば一つの憂いあり」。攻めと守り、勝ちと負け。明と暗を表裏一体で捉えるバランス感覚が極意だった

▼好んで色紙に書いた「流水不争先」。流れる水は先を争わず、自然体であれ、という意。型にはまらず、形勢に応じて自在に変化した「昭和の巨人」。人工知能(AI)全盛の現代にいたら、どんな指し手を繰り出すだろう。(西江昭吾)