2010年の年末にロサンゼルス郊外のタスティンにオープンし、8周年を迎えたのがレストラン「沖縄食堂ハブ家」。その名の通り、沖縄料理を中心にした日本料理店だ。開店3カ月後には、地元の大手新聞ロサンゼルスタイムズに「隠れ家的日本料理の名店」として紹介された。

 同店のオーナーは与那原町出身のバーガス真弓さん(49)。アメリカに憧れていた真弓さんは20歳で米軍人と結婚し翌年、カリフォルニアへ渡った。「湾岸戦争の最中だった当時、夫はほとんど家にいなかった。寂しかった私は何かしたいと、バスで片道1時間半かかる日本料理店で働き始めた」

 ハブ家を開店するまで20年近く、店は変わっても飲食店勤務を続けた。その傍ら、アーティストとしてシーサーをモチーフにした作品作りに精を出した。さらに一人娘の育児にも多忙な日々を送った真弓さんには、渡米以来の夢があった。「アメリカで沖縄料理の店を出したい」。その夢は何年たっても色あせるどころか、月日を経るにつれ絶対に実現させなければと思うようになった。

 結婚生活が終わり、シングルマザーとなった彼女の前に山形県出身の料理人、木村裕樹さん(42)が現れた。「幼い頃から祖母に、大伯父(祖母の兄)が戦時中、沖縄の農家にかくまわれて無事に復員することができたことを聞かされて育った」という裕樹さん。「いつか沖縄の人に恩返しをしたいと思うようになり、料理人になった自分がアメリカの地で真弓さんと巡り合ったことで点と点がつながって線になった」と、真弓さんとの出会いを振り返る。

 沖縄料理の店を開けることは、相談した10人中9人に反対された。「脂っこい沖縄の料理は頻繁に食べてもらえない」というのが主な理由。しかし、裕樹さんは料理人としての経験をベースに、食べやすさに工夫を凝らすことでその障壁を克服した。

 そして2人は結婚。「沖縄料理店を出す」という真弓さんの夢と、「沖縄の人に恩返しをする」という裕樹さんのかねての思いは、ハブ家の誕生で晴れて実を結んだ。

 開店資金は2人の家族と友人から借り入れた。友人には8%の利子を付けて開店2年後に完済、家族には5年後に返済を終えた。同時に真弓さんは開店してから初めての里帰りを果たした。今ではディナータイムに100人もの客を迎える繁盛店に成長。真弓さんは「オリオンビールの生の売り上げは当店が全米一」と胸を張る。ビールだけでなく、グルクン、モズク、海ブドウなどの食材も可能な限り、沖縄産を仕入れている。

 「できるだけ沖縄料理をアメリカに普及させたい」と願う裕樹さんはきょうも厨房(ちゅうぼう)で腕を振るい、真弓さんは笑顔で客を出迎える。

(写図説明)人気店の沖縄食堂ハブ家を切り盛りする木村裕樹さん(右)、バーガス真弓さん夫妻=米ロサンゼルス郊外タスティン