沖縄県糸満市潮平の元中学教諭、新垣ヨシ子さん(80)は「ミスハーレー」として知られる。ことしも旧暦5月4日「ユッカヌヒー」の糸満ハーレー(6日)に手作りのたすき姿で現れ、「カカーシー」(カチャーシー)を踊り、パーランクーを打ち鳴らした。「男性だけの祭りじゃない。女性だってチムワサワサーして1週間前から眠れなくなる」と観客席の盛り上げ役になって約20年。沖縄戦の経験から「皆が和気あいあいと楽しめる祭りを大切にしたい」と平和を願う。(南部報道部・堀川幸太郎)

カチャーシーを踊るミスハーレーの新垣ヨシ子さん=6日、糸満漁港中地区(下地広也撮影)

 新垣さんは糸満漁師の父・金城潔さん、母・幸子さんの長女として生まれた。「幼い頃、父の舟がワカシバーレー(予選)に勝って、新島のハーレーブニ(漁師町糸満の礎を築いた西村、中村、新島の3村で競う本選用の舟)に4、5年選ばれた」という。優れた舟主の家に、勝っても負けてもこぎ手が集まって午後6時から翌日の午前3、4時までごちそうやお酒を楽しんでいた人々の記憶が「ハーレー愛」の原点だ。

 中学で国語を教えた22~59歳の37年間のうち、糸満市内で21年勤めた。母校・糸満中勤めは3度で計15年。元教え子の60代男性の中には、新垣さんが初恋の相手だったといって今なお顔を赤らめる人もいる。

 新垣さんは地元に親しみ、親しまれる存在として生まれ故郷・新島だけでなく西村、中村の客席、来賓席まで盛り上げて回ると「皆、笑顔になるよ」と人懐っこくほほ笑む。教諭退職後に自ら「ミスハーレー」を名乗った。

 ことしの糸満ハーレーがあった6日午前7時ごろ、拝所・白銀堂で新垣さんは手を合わせた。脳裏には74年前の記憶があった。

 沖縄戦で、母らと市糸満から名城一帯で逃げ込む壕を探して右往左往している時、艦砲射撃を受けた。一緒に逃げていた14、15人の3分の1ほどが命を落とした。5歳の弟・孝太郎さんも犠牲に。轟の壕(市伊敷)で約2週間、水ばかりで食べ物もなく過ごして米軍に保護された後、弟・明さんも亡くなった。1歳の誕生日も、まだだった。

 新垣さんは白銀堂で何を願ったのか。慰霊の日を前に聞くと「生粋のイチマナー(糸満の人)として、見に来る人も含めて、皆の健康や家内安全。和気あいあいとした平和な祭りがいつまでも続いてくれたらと思う」と話した。旧暦八月十五夜の糸満大綱引にも「ミスジュウグヤー」として現れる。