判決は、ハンセン病隔離政策が患者家族に対しても憲法違反(13条、24条)の被害を与えたと認めた。家族は国民らから偏見や差別を受ける社会構造的地位に置かれ、家族関係形成も阻害された。この構造的差別違憲論は画期的である。

森川恭剛氏

 地域や学校から家族を排除したのは国民、つまり私たちである。それを踏まえた上で、判決はその原因が国の隔離政策の圧倒的な誤りにあることを認めた。

 法的責任論はこうである。国が憲法違反の人権侵害をもたらしたのであれば、国がその被害を取り除く義務を持つ。しかし現在も差別され、被害を回復できないのは国がその義務を尽くさないからである。したがって国の不作為の違法行為があり、責任がある。

 この不作為責任論で国を追及した結果、隔離政策後の2001年まで違法行為が続いたとされた。厚生労働省だけでなく、法務省と文部科学省にも偏見・差別の除去義務があったとされた。法と教育の現場で、差別をなくすために何をすべきだったのか、徹底的な反省を要する。

 しかし、02年から現在までの不作為責任は認められなかった。01年の隔離政策の違憲判決後は、差別被害の社会構造に改善が見られたからだという。はたしてそうかという疑問が残る。

 米国統治時の沖縄の家族に憲法違反の被害を認めるか。この点に注目したが、判決は法的責任論を逆転させ、米統治下の沖縄は国の関与がないため違法行為(不作為)がないとされ、その時代の被害を認めなかったことは残念だ。