仲田幸子さん(86)は芝居好きだった祖母の影響で、戦後間もない1947年11月、玉城盛義、平安山英太郎主宰の「南月舞劇団」に入団。15歳で芸歴をスタートした。翌48年2月に同じ劇団で出会った龍太郎さん(2011年に86歳で死去)と結婚し、鶴劇団や新富座、ときわ座、珊さん瑚ご座を渡り歩いて芸を磨いた。

「床屋の福ちゃん」でおどけた演技を披露する仲田幸子さん(中央)=2017年9月18日、沖縄市民会館

 座長として劇団でいご座を旗揚げしたのは1956年。珊瑚座の道具をもらい受けて地方巡業を始めた。

 82年に「仲田幸子芸能館」を那覇市久茂地にオープンし、活動の拠点に。2008年に移転した同市松山の店でも長女和子さん、次女明美さん、孫のまさえさんらを交えて連夜、多彩な民謡や話芸を披露し、県内外の客を魅了してきた。母の日や敬老の日などの定期公演を続け、多数のテレビやラジオ番組などでも活躍。15年には芸歴70周年記念公演を開いた。

 40歳ごろ、ラジオ番組のアナウンサーに「喜劇の女王」と紹介されたのが代名詞に。簡易型携帯電話(PHS)やポーク缶詰、洗剤などのCMにも多数出演し、揺るぎない人気と存在感を発揮してきた。